男に異存はない。包茎の話。

包茎でないペニスの一億総幻想

2018年5月31日

雑誌『AERA』の“性の悩み”特集

 今年は、例年になく性教育ブームなのかなと思ってしまったりする。このところ、メディアで性教育問題が取り上げられているニュース記事やコラム等を目にすることが多い。
 アエラ、おまえもか――。
 雑誌『AERA』(朝日新聞出版)’18.5.28 No.24の「米朝首脳会談が日本の未来を左右する 2020年が非核化の山場」という見出しの国際政治の記事。そんなお堅い記事の写真画像は、やはり金正恩と中国の習近平氏で、大連での会談で握手をした時のカットが添えられていた。ふとその真横を見ると、まったく毛色の違う記事がある。「息子の“ムスコ”問題 うちの子、包茎かも?」。アエラ、おまえもか――。
 断っておくが、金正恩の「包茎」問題――ではない。『AERA』のこの号の、「[大特集]人に言えない性の悩み」関連のページであった。ちなみにこの号の表紙の人物は、瀬戸内寂聴氏である。

 特集は、夫婦間の、“セックスがストレスだ”がトップ記事となっており、その次は「教科書から『性交』が消えた」の見出しの、例の教科書問題。それから、高齢者の性問題に触れ、障害者の「性の自律」の記事へと続いていた。そして最後の特集記事を飾っていたのが、「息子の“ムスコ”問題 うちの子、包茎かも?」。大学生の息子が小学2年の時に「包茎」手術を受けた、というある母親の話。赤ちゃんの時に保健師から、おちんちんが剥きにくい、大きくなってもそうだったら手術した方がいい、と言われ、小学校に上がっても状況は変わらなかったので、病院で手術を受けた、という。
 この話、母親の早合点で小学生のうちに「包茎」手術(包皮切除の手術)をしてしまった、本当によかったの? といった内容になっていて、結論としては確かに、東京女子医科大学病院泌尿器科の迫田晃子医師が述べたコメント「何もしないこと」に尽きる。
 

包皮は自分で剥くもの

 ただちょっと、記事にある文面(ライターは柿崎明子氏)で気になったのは、《9歳頃から自然に剥けて、通常思春期の頃には亀頭が露出する》の論述。
 残念ながら私の体験上、もしくはその頃のことをよく思い出してみても、小学生の頃に自分のペニスの包皮が“自然”に剥けてしまった、と語る友人は、一人もいなかった。そんな話は一度も聞いたことがない。みんないずれかの時期になって、自分で剥いたという話しか、私は知らない。
 実際、中学校時代の宿泊学習や修学旅行の時にクラスメイトのペニスを見たことがあったけれど、皆たいてい、陰毛は生えそろっていたが、「剥けて亀頭が露出している」友人は、一人もいなかった。
 だから《9歳頃から自然に剥けて》と書いているのは、事実誤認と言っていいだろう。もしそれが事実なら、中学生になれば大半の男子のペニスの亀頭が露出していなければならない。むしろ小学生の間でみな、「俺、ちんこの皮が剥けちゃってるんだけど、なんなのこれ?」ということで悩みの相談が増えているはず。だが実際は逆で、小学生のうちに自分で包皮を剥いている子すら少数であり、中学生の頃になるとほとんどの男子は、“剥けてない”自分の「包茎」ペニスに対してあれこれ右往左往して考え込み、七転八倒の悩みを抱える。つまり包皮は、自然に剥けるものではなく、思春期の頃までに自分で剥くものなのだと、誰かが教えてあげないと、かえって混乱をきたすのである。
 

ペニスについて知っておこう

 「包茎」には、「仮性包茎」「真性包茎」「嵌頓(かんとん)包茎」の3つの状態がある。「仮性包茎」は、普段は亀頭が包皮に覆われているが、手で包皮を剥くことができる状態のこと。包皮口が狭く、包皮が剥けない状態を「真性包茎」と言い、この場合だと手術しなければならないことがある。

 小学生のうちにうちの子は「真性包茎」だと親が判断するのは早すぎ。子どものペニスはみな、「真性包茎」なのだ。亀頭を傷つけないよう、包皮が癒着して守ってくれている。ただでさえ子どもはおちんちんをいじりたがる。いじるのはいっこうに構わない。でももし、早急に「包茎」手術をしてしまい、亀頭が露出していたらどうだろう。どろんこを触った汚い手が亀頭に触れることを想像してみたらいい。ああ、亀頭を守ってくれるはずの包皮を切除してしまうなんて、なんて馬鹿なことをしてしまったのだろう!と嘆くはずだ。
 おしっこをする時に包皮口が狭すぎて困難だったり、何か痛みや異常がある場合は、医師に診てもらう必要はあるが、それ以外、みな誰しも小学生のうちは“ドリルちんぽ”でかまわない。ペニスはすっぽりと包皮で覆われ、亀頭を守ってくれている。
 中学生の頃になると、ペニス自体が成長して大きくなってくるので、“ドリル”の形状がゆるくなって剥けやすくなる。亀頭が僅かに見えてくることもある。少しずつ痛くない程度に包皮を剥いて、亀頭に付着した恥垢を洗ってあげる。洗ったら包皮を元に戻していい。
 3つめの「嵌頓包茎」とは、包皮が反転して鬱血した状態を指す。包皮を無理に剥いて元に戻らなくなり、鬱血して包皮が膨らんでしまった状態。包皮が戻らないのであれば、医者に診てもらった方がいい。
 
 子どもの頃のペニスについて詳しく知りたい人は、矢島暎夫著『まじめなオチンチンの話』(株式会社カンゼン)を読むことをお勧めする。とても分かり易い本で、いろいろな子どものペニスの悩みに答えてくれる。
 

ペニスの迷信と幻想を捨てよう

 昔はくだらない男社会が蔓延っていたせいもあり、ペニスは剥けていないとかっこ悪い、汚い、子どものペニスといって「包茎」を蔑んだ。「包茎」のままだと恋人や妻に馬鹿にされるのではないか、あるいはセックスがうまくいかないのではないかといった迷信から、「包茎」手術を受ける人が少なくなかった。「包茎」=悪というレッテルを貼り、剥けたペニスを賞賛する神話が、いつの時代からか生まれた。だから思春期に無理に包皮を剥いてかえって「嵌頓包茎」になってしまい、病院に駆け込むということもあった。
 
 とは言え、「包茎」に関しては、今もいろいろ、複雑に誤解が生じている。まず何より、ペニスの亀頭が普段から露出していなければならないと考えるのは、大きな間違いである。ペニスは、子どもでも大人でも、普段から皮を被っていてかまわないのだ。「剥けた」状態が正常のペニス、といったまったく根拠のないデタラメが流布されていたことが、いまだ「包茎」を間違って認識している根本原因だ。
 「剥けていないといけない」といったデタラメの神話・幻想があるせいで、「包茎」手術をしなければ、という発想をどうしてもぬぐい去ることができない。はっきり言って、ペニスの亀頭が露出している・露出していないというのは、見た目の問題だけである。「包茎」=汚い、という医学的根拠は何一つない。亀頭がまったく露出している人であっても、普段清潔にしていないのなら、汚い、臭いペニスである。「包茎」に限ったことではない。
 先に述べたように、ペニスに何らかの異常がある場合は、医師に相談する必要があるだろう。けれども、「包皮が亀頭を覆っている」ということだけで、自分のペニスを異常と思い込み、手術しなければならないと判断するのはまったくもって間違っている。それは異常なペニスでもなんでもない。みんなと同じ、ナチュラル・ペニスなのだ。
 
 ペニスと「包茎」については、もっともっと詳しく、別の稿で各論を述べなければならないと思っている。が、ここではとりあえず、小学生のうちに何の異常もないのに「包茎」手術をするのは馬鹿げていると言っておく。
 母親=女性という立場においては、男子のペニスについてあまりよく知らない、ということもあるのだろう。無理もない。確かに母親は、自分の息子のペニスなんて、小学生の低学年くらいまでしか見る機会はないはずだから。まさか、《9歳頃から自然に剥けて》を信じて、小学6年生になった息子のペニスを想像して、彼はもう、立派になって亀頭が露出しているのだわ、と思っちゃいけない。小学6年生なんてぜーんぜんまだまだ、かわいらしい“ドリルちんぽ”です。ほんとに――。
 

「包茎」も立派なペニスだ

 嘘でもなんでもない、「包茎」も立派なペニスだ。堂々と、ナチュラル・ペニスであることを誇っていい。
 結局、男子本人こそ、実は、ペニスについて無知なのである。“ドリルちんぽ”であることに意味もなく焦りだしてしまう思春期。「仮性包茎」だからといって、手術しなくちゃ、と悩む。寮に入って友達に見られるから。「包茎」だと馬鹿にされるから。それを治すための手術――。いやあ、寮に入ってびっくり。やっぱりみんな、立派に剥けてるなあ…。手術しておいて良かった。ふー、恥かかなくて済んだ――。うーん、ちょっとちがうんだなあ、それ。

 あのね、寮のみんなも君とおんなじこと考えててね、自分で包皮剥いてるだけなんですよ。見栄で。
 そう見栄で。見栄張って一生懸命どこかで包皮剥いて練習して、「仮性包茎」ではないことを偽装しているんです。だから、風呂場から出たら、みんな皮が元に戻ってナチュラル・ペニスです。被ってるんですよ、普段は本当は。
 中には剥けたまんまの男子もいるかも知れないが、ほとんどだいたい、無理して見栄で剥いているだけなのであって、ほっとくと包皮が自然に戻る。特に20代頃までの男子のペニスなんて、そんなものです。そのうち、剥けたままの状態になる人もいる。「包茎」のままの30代の人もいる。千差万別。そう、ペニスは千差万別であり、どれもこれも立派なペニス。優秀なペニスだとか、劣っているペニスなんてものはない。外国人の男性はペニスの形なんてけっこう気にしないから、割礼(包皮切除の習俗)した人以外はみんな被ってます。
 
 最後に、こんな話を持ち出すのは少々気が引けるが、水道の修理の話。
 以前、自宅の台所の水道蛇口の部品を交換してもらおうと、水回り専門の業者さんに来てもらって蛇口の部品を交換してもらったのだけれど、あーけっこう老朽化してます、あーこっちも交換しないとヤバいです、あーほっとくと水浸しになってたいへんなことになります、みたいなことを頻りに言われた。
 本当にヤバいかどうか、それを修理するかどうかは私の判断の問題ではあるが、業者さんはできる限り、顧客に危険を煽っておく、というのが鉄則のようである。言うまでもなく、会社の経営上、将来的に仕事の依頼を増やすのがベターだからだ。
 
 このことを「包茎」手術にあてはめて考えると、合点がいく。病院が前もって、あなたのお子さんのペニスはあーヤバいです、とは露骨に言わないにせよ、ちょっと将来的に欠陥というか不都合が生じてくるかも知れないですね、程度に煽ることは、不思議ではないように思う。
 母親は言われて気になって気になって仕方がなくなり、じゃあ早いうちにと、まんまと病院側の手練手管に嵌まってしまう。必ずしも病院に悪意があるわけではないにしても、心理的にそうせざるを得なくなってしまうところに、「包茎」手術ビジネスが廃れない理由があるように思われる。

 話が長くなってしまうので、「包茎」の問題についてはまた別の稿で。もし在日外国人の方で、日本人の「包茎」についての考え方に意見がある方は、遠慮なくフォームよりお便り下さい。ご意見ご感想お待ちしております。あ、日本人の方でもいいですよ(※プライバシーは厳守しますから、どうぞご安心を)。

〈了〉

雑誌『AERA』で性の悩み特集

「うちの子、包茎かも?」

 
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