男に異存はない。包茎の話。

いのちをつなぐ架け橋―「内密出産」についての新聞記事

2019年12月19日

 
 “ナイミツシュッサン”=「内密出産」という言葉をごく最近、新聞記事を読んで初めて知った。読んで字のごとく、(妊婦が)内密に出産するという意であるが、この言葉の本当の意味と、現実に起こっていることの理解を深めるべく、新聞記事の内容を要約してまとめておきたい。
 

慈恵病院の沿革とキリスト教の理念

 まず先月、熊本県熊本市にある医療法人 聖粒会慈恵病院が、「匿名妊婦」の受け入れを始めるという新聞記事が掲載され、私はネットのニュースアプリでその記事の内容を知った。それは2019年11月22日付の熊本日日新聞朝刊の記事で、見出しは、「慈恵病院が匿名妊婦受け入れへ 『孤立出産を防止』」であった。
 「匿名妊婦」とは、出産の際、医療機関に身元を明かさないことを希望する妊婦を指す。身元を明かさないだけではなく、“子どもを育てられない”事由のある妊婦をも含めて指している。熊本の慈恵病院というと、「こうのとりのゆりかご」――親が育てられない子どもを匿名で預かる――いわゆる「赤ちゃんポスト」で知られている。この病院では、身元を明かさずに出産を望んだ妊婦が、匿名のまま出産できるしくみを導入し、その受け入れを始めるということなのである。
 
 慈恵病院は明治31年、マリアの宣教者フランシスコ修道会によって創設された(当時は慈善診療所)。理事長兼院長の産婦人科医である蓮田太二院長のもと、以下のような病院の理念がホームページに記載されている。 

1.キリストの愛と献身の精神を信条とします。
2.高度で暖かい医療と看護を提供します。
3.患者さんの満足と幸せのために尽くします。 

 昭和53年に医療法人 聖粒会慈恵病院が設立され、蓮田太二氏は理事長に就任している。平成10年には、創立100年(医療法人としては20年)を迎え、平成19年には「こうのとりのゆりかご」の運営を開始。平成31年3月には、特別養子縁組斡旋事業を開始した。
 
 ところで、これは蛇足になるが、アーニ出版の1985年刊の北沢杏子『ひらかれた性教育3』の本に「各国中絶事情」という稿がある(第8章「十代の妊娠と中絶を考える」)。
 その稿では、ゲイル・シンガー監督のドキュメンタリー映画『中絶―北と南の女たち』が紹介され、各国の中絶の問題がピックアップされていた。カトリックが国教のアイルランドでは、教会が中絶を認めていない――と映画の中身の話が持ち出され、何万人ものアイルランドの女性たちが、中絶が受けられるロンドンに渡った話であるとか、中絶が合法化されていないその他の国の、いわゆる女性の悲劇が綴られていて深刻だ。
 ちなみにアイルランドでは、2018年5月に国民投票が実施され、人工妊娠中絶合法化の賛成票が多数を占め、妊娠12週未満の中絶を容認する憲法の改正手続きがおこなわれる旨の報道があった。
 
 この人工妊娠中絶の問題と絡み、慈恵病院カトリック系キリスト教について述べられた論説としては、立命館大学生存学研究所の池端祐一朗執筆「カトリックの教説から見る中絶問題―中絶に関わる諸事項の関連」https://www.ritsumei-arsvi.org/publication/center_report/publication-center10/publication-68/)がたいへん詳しい。ここでは、カトリック中絶に関する教説と生殖技術に関する教説について述べられている。
 
 慈恵病院にまつわる「匿名出産」に関する報道では、遡ること2017年12月15日、YouTubeのNews 24のチャンネルで、慈恵病院が、“望まない妊娠”で匿名でも医療機関で安全に出産できる「内密出産」の導入の検討を始める――という動画ニュースが配信され、病院は導入に向けて熊本市との話し合いを(翌年の2018年より)始めるとのことで関心が高まっていたようだ。
 こうした「匿名妊婦」の受け入れであるとか、「内密出産」とは具体的にはどのようなものなのかついて、個人的にたいへん気になるところである。ここではいくつかの情報を整理しながら、それらについて知識を得たいと思う。
 

日本にはまだ「内密出産」の制度がない

 2019年12月8日付の朝日新聞朝刊では、「『内密出産』受け入れ表明 熊本・慈恵病院 予期せぬ妊娠対象」という見出しで、慈恵病院がその受け入れを7日に表明した旨の記事が掲載された。この「内密出産」とはどういったものなのか、記事の中で注釈が記載されていたので、以下、その全文を引用させていただく。
 《ドイツでは、2014年から実施されている妊婦支援の制度。ドイツの場合は、母親が相談機関に実名で相談し身元を明かす証書を封印して預け、医療機関では匿名で出産する。子は原則16歳になったら出自を知ることができる。出産前後の費用は国が負担する。匿名で子どもを預けられる「赤ちゃんポスト」や、名前を伝えないまま出産できる「匿名出産」制度に加え、子の「出自を知る権利」を守る観点から新たに作られた》

(2019年12月8日付朝日新聞朝刊「『内密出産』受け入れ表明」より引用)

 
 補足として、Wikipediaも参考にしておこう。「内密出産」にこうある。
《母親が自身の身元を当局に開示されることなく行う出産のことである。以前は頻繁に行われていた、特に非嫡出子に対する嬰児殺しを防止するために、内密出産は多くの国で何世紀にもわたって法制化されてきた。
 内密出産においては、母親の情報自己決定権が子供が出自を知る権利を保留させることになり、母親が意思を変えるか、成長のある段階になって子供が開示を要求する時点まで継続する。内密出産を超える考え方としては匿名出産があり、この場合母親は当局に全く身元情報を開示しないか、あるいは身元情報を当局が把握しても絶対に開示しないこととなる》

(Wikipedia日本語版の「内密出産」より引用)

 
 朝日の新聞記事を読み解こう。日本国内ではまだ、「内密出産」制度の実現の目処は立っていないのだという。子どもの戸籍上の問題や特別養子縁組などで課題があり、制度は整っておらず、慈恵病院はやむを得ず取り組みを始めたということになる。それはどのようなしくみなのか。慈恵病院蓮田健副院長の説明を要約する。

①匿名での出産を希望する妊婦から相談を受け付ける
②病院側で説得を試みるが、妊婦が身元を明かさない場合は何年後なら身元を明かしてもよいかなどを取り決める
③妊婦は病院内にある「新生児相談室」の室長だけに身元を明かす。これにより、仮名のままで妊婦健診及び出産が可能
④費用は病院が負担する

 
 ドイツの例と照らし合わせると、病院内の「新生児相談室」を相談機関と見立て、ここでは身元を明かし(身分証明書をコピーして保管)、医療機関の方――すなわち慈恵病院の医療現場――では、匿名のまま出産する(=「匿名出産」)、というしくみになる。これがいわゆる「内密出産」のかたちである。
 このしくみの中で考えられるのは、妊婦が「新生児相談室」に身元を明かさぬまま、「一生匿名」を希望するケースが出てくることである。これが全くの「匿名出産」のかたちになってしまうのだが、こうした場合において、子の「出自を知る権利」はどのように担保されるのか、あるいは担保されないのか。ただし、病院側では、妊婦と生まれてくる子どものいのちを最優先に考慮して出産をおこない、出産後に身元を明かす努力がどのようなかたちでなされるのか否か、その部分が気になるところではある。
 

いのちをつなぐ「出産」への関心を

 “望まない妊娠”の中にも、特に身元を(絶対に)明かせない、明かしたくない事情を抱えた妊婦がいることを、一般に認識しなければならないだろう。それがどのような事情であるか、よく想像してみる必要がある。そのうちのごく少数で、「内密出産」を希望するほとんどの理由が、妊娠22週未満におこなわれなければならない「人工妊娠中絶」の時期を超えてしまった妊婦の、やむを得ない出産であろうかと思われる。
 「こうのとりのゆりかご」を運営する慈恵病院によると、生まれてくる子どもを“赤ちゃんポスト”に預けようと、母親が自宅などで医師や助産師を伴わない「孤立出産」をするケースがあるのだという。慈恵病院での独自の「内密出産」の取り組みは、こうした母子の命にかかわる危険な「孤立出産」を防ぐためのやむを得ない手立てだということである。
 
 日本にはまだ「匿名出産」の制度はない。制度はまだないにせよ、現実として今まさに起きていることへの対応や、それに向けての最善の取り組みを否定していては、この問題を解決することはできない。様々な事情で女性が強いられる「予期せぬ妊娠」のこと、誰にも救いを求めることができない状況に陥ってしまう「孤立出産」を未然に防ぐ手立てや対応について、あるいは特別養子縁組の課題にも取り組むべく、国を挙げたこれらの包括的な制度設計の議論が急がれる。
 そのためには、これらの課題について広く関心が持たれることが必要である。親から子へ、子から孫へ、いのちをつなぐとはいったいどういうことなのか。そしてまた、個々のいのちを、社会はどう守ってあげられるのか。基本的なことを学んできたようで学んでいないのが、この国の社会の実情ではないだろうか。
 「内密出産」「匿名出産」という言葉から、こうしたことを少しでも考えてもらえることが、望ましい。少なくとも、子を産む性の女性が生きづらい社会であっては、決してならないのである。
 

〈了〉

2019年12月8日付朝日新聞朝刊

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