【特別編】奈良林祥の

セクソロジー講義集

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処女膜幻想を捨てよ

 

処女膜は神秘なるもの?

 奈良林祥のセクソロジー講義集――。「勃起のメカニズム」に続いて、今度は逆に、男性が知りたい女性の性器の謎。そのうちの一つ、ほとんどよく理解されていないのが、外性器膣口部にある処女膜のこと。ヒーメン(hymen)
 
 さて、どうなのだろう。昔ほど、世間で処女だとか童貞だとかの話やそのコンプレックスに惑わされることはなくなったようにも思われるが、未だにそうしたつまらぬ偏見に満ちた知識を植え付けられていることだって、あるかも知れない。処女童貞を誰が早く喪失するか競ったり、処女膜で性交渉の経験がある・ないを判断したりの馬鹿馬鹿しさ。そうした迷信や偏見こそ早く捨て去り、正しい知識で自分のを見つめ直そう。
 奈良林祥著『HOW TO SEX 性についての方法』(KKベストセラーズ)の本では、「粘膜のフレヤー・スカート=ピーンと張ってるわけじゃない」という見出しで、処女膜についてしっかりと解説されていた。その神秘なる謎の答えは、いかなるものなのか――。ここではそれを、さらにわかりやすく要約して紹介することにする。
 尚、ここに掲載した画像「処女膜のいろいろ」の図解は、その本にあったイラストをあらためて再構成し、私が自ら作成したものである。 

処女膜は粘膜のフレヤー・スカート

 奈良林先生は冒頭で、申し訳ないけれど、処女膜なるものがなぜ、女性の腟の入り口に出っ張っているのか、医学的にはまるで分かっていない――ということを述べている。人間のほか、モグラの雌に処女膜らしきものがあるのだが、とも。実に不思議だ。
 
 処女膜は、粘膜のヒダみたいなもので、粘膜の“フレヤー・スカート”(フレア・スカートのこと。シルエットがあさがおのように開いたスカート)みたいなもの。腟の入口あたりのところでひらひらと出っ張っている。膜といっても、太鼓の革みたいな形の膜ではなく、あくまでひらひらしたもの。だから男性がペニスで処女膜を破ると、プツンと音がするなんていうことは起こり得ないし、全くの嘘。
 稀に、処女膜閉鎖という異常な状態が時々あるという。これは処女膜が、腟の入口を完全に塞いでしまっている状態。これだと月経(子宮内膜からの出血)でも不都合なので、医師の診断が必要になってくる。
 
 ふつう、処女膜腟の入口でひらひらと飛び出ているため、そのぶん腟の入口は狭くなり、人差し指一本分くらいのスペースしかない。とは言え、処女膜やわらかい粘膜のヒダであり、弾力性もある。障子で貼られた紙のような状態とはまるで違う、くしゃくしゃした感じのもの。スペースのでき方にもいろいろあり、小さな穴がいくつもあるタイプや、穴が二つに分かれているもの、厚手のもの、薄いもの、とても薄いもの等々、千差万別。処女膜は真正面から見ると、ピンク色の“フジツボ”にもよく似ている。
 

処女膜のいろいろ

 

処女? 処女じゃない? の馬鹿馬鹿しさ

 この処女膜の外見から、この女性が処女であるか非処女であるかを判断することは、できない。これは、処女膜が太鼓の革のようにピーンと張った膜だと勘違いして、それが切れている(破れている)云々で非処女だと思いたがる妄想的偏見なのだけれど、生まれつき、処女膜に切れ目のある人もいれば、多数の男性とセックスをした経験のある女性でも、処女膜の弾力性が素晴らしくて、完全無欠という人もいる。
 もともと薄い処女膜の持ち主であれば、何かしらの運動やスポーツ、ダンスなどで切れてしまうこともある。つまり、処女膜の状態を見て、処女であるか非処女であるかを判断するということは、まことにナンセンス、非科学的なことなのである。
 
 処女がセックスをすると必ず出血する――というのも迷信
 確かに、処女膜の開いているスペースは指一本分くらいしかなく、勃起したペニス(指二本半くらい?)が挿入されれば、処女膜には裂け目が生じ、血が出る――というのは昔の話だ。
 昔は栄養が乏しく、処女膜も栄養が悪かった。弾力性が乏しかったのである。昔の女性は、着物を着て内股で歩く人がほとんどだった。これでは、処女膜自体が運動不足気味。伸びる訓練がないまま、初夜を迎える。栄養不足に加え、外性器も運動不足。結果、処女膜の伸展性が充分とは言えないから、どうしても裂け目ができてしまう。昔の女性は、初めての性交で出血する人が多かったという。
 
 現代では、言うまでもなく、栄養が行き届き、処女膜の弾力性は豊か。子どもの頃から活発な運動をしていれば、処女膜の伸展性も不足はない。伸びたり縮んだりと、適応性充分。だから、初めての性交ペニスを受け入れた時、血が出るということはほとんどない処女膜は、薄めであればスポーツで切れるし、オナニーの経験で、その狭かったスペースも広くなっているだろう。言わずもがな、処女膜で処女か非処女かを判断することはできない
 処女膜のことに限らず、その女性が処女か非処女であるかという話自体、もはや古臭く、ナンセンスである。1970年代に刊行された奈良林先生の『HOW TO SEX 性についての方法』にはこうある。《処女性というのは、相手に対する信頼だけの問題であって、処女膜の形や出血の有無なんてことに必要以上にこだわるのは、パラノイア(偏執狂)なるご病人かゴリゴリの体制人間だ》――。
 70年代の時点で既にこうした見識である。信頼しうるパートナーしあわせな性生活を営もうとする努力、そのことと、処女だとか童貞だとかは、関係ないのである。

【講義のポイント】

    • 処女膜はフレア・スカートのようなもので、ピーンと張った膜ではない
    • 処女膜がセックスの時に血が出るのは昔の話で、栄養が行き届いた現代では弾力性は豊か
〈了〉