包茎手術の広告〈2〉~雑誌『宝島』編
黄金のエロ雑誌だった『宝島』
神田桂一・菊地良著『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』は、宝島社出版の書籍である。ナンセンス路線を充分に感じさせるタイトルだ。宝島社と聞いて、ああなるほど、社風を反映した“そんな感じ”の本なのだな、と思ってしまう。これが村上春樹の『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』(新潮文庫)のタイトルの、パロディであることは言うまでもない。
“そんな感じ”の宝島社の雑誌を、私が20代の頃、「特殊な愛着心」を持って定期的に購読していたことがあった。ここに今、その懐かしい本がある。隔週水曜発売だった雑誌『宝島』。1996年No.356、9月18日号390円。この号の表紙のモデルは、タレントの矢部美穂さん。
先に述べた「特殊な愛着心」とは、いったい何か。それはつまり、20代の若者にとって必要不可欠な精神的ビタミンである。男子として溜まりに溜まった肉欲のエネルギーを放出発散するための、飲むとスカッとする炭酸栄養ドリンク・オロナミンC的な役割を果たす本。なのだけれど、雑誌『宝島』は結局のところ、内容がすこぶるエロっぽいのである。
その頃、たまたま友人の家に遊びに行った際にも、部屋の隅にぽつりと『宝島』が置かれていたのを見て、不思議と安堵感を覚えたことがある。男子は皆、抱えていることが同じなのだ。理性で抑えている肉欲を、どう発散するか――。雑誌『宝島』の何がエロいかと言えば、女性モデルたちの、いわゆる“ヘア・ヌード”フォトが、あちらこちらのページで見られたから。若い男子にとっては、それだけで興奮するものなのであり、390円という手頃な値段がそれを速やかに救ってくれた。
「包茎」クリニック広告のオンパレード?
しかし、だからこそ雑誌というのは、無為な反動が怖い。『週刊プロレス』と同様、やはり『宝島』にも、例の「包茎」手術を促す広告があちらこちらにあった。「包茎」に関する知識が乏しく、それ自体が「汚い・恥ずかしい」と勝手に思い込んで悶々とする男子の、「ペニスの悩み」を増幅させているのは、むしろこういった広告の中の文言である。結果的にはこれが、クリニックへの患者を増やす仕組みとなっている。
あの頃、“もし僕らのペニスの知識がウィンウィンであったなら”、と頭をよぎらせる。村上春樹はそんな小説を書いてはくれない。必要以上に煽られて、過度にペニスの形や大きさのことで悩んでいた我々は、常々思ったはずだ。
〈神様。どうして学校の保健室の先生は、女性だけなのですか。女子生徒はいいでしょう。健やかに月経の悩みを、保健室の先生に相談できる。しかし男子は、その窓口がない。女性の保健室の先生に、「包茎」の悩みなんて相談できるわけないでしょう。ましてや、担任の男性教諭に相談なんて、ぜっーーーたいに、ムリーーーー!〉。
さて、この雑誌『宝島』のこの号に、どれだけ泌尿器科・形成外科クリニックの広告があったか、数えてみよう。8つである。①「君の勇気に喝采!」山の手形成クリニック、②石倉クリニック、③「もう、前は隠さない。」中央クリニック、④「一番美しいのは自然な美しさです」コスモクリニック、⑤「最高のテクニックと最高の優しさ、信頼の厚い男性泌尿器専門のクリニックです」テクノクリニック、⑥品川形成外科、⑦「太く、長い、男の人生」コムロ美容形成外科、⑧神奈川クリニック。
このうち、最後の神奈川クリニックは見開きカラー2ページの記事+別途広告付きで、雑誌を買った読者は、おそらくほとんど誰も、これに煽られて読んでしまったのではないかと思う。記事のタイトルは「包茎治療最先端緊急レポート」。神奈川クリニックにおける包茎治療の際の麻酔法のことや「亀頭下埋没法」といった手術方法について解説されていて、なおかつ「だから包茎はモテない!!」と題された3人の女性のコメントまで掲載している(※今回掲載した画像には、個人情報を守る兼ね合いで氏名と顔の一部を黒塗りで加工処理した)。
さらにこの号では、「包茎」矯正グッズ通販の商品「エコルセ」が載っていた。エコルセ…。まったく懐かしい響きだ。
《ケタ違いの効果。数万人が実証したエコルセ方術。凄い人気。恥ずかしい仮性包茎を誰にも知られず自宅で矯正する。自宅10秒1ミリ方術!》
「エコルセ」とは、どうやら接着剤タイプの薬剤で、包皮の上から塗るらしい。しかしながら、塗ると具体的にどのようになって包皮が剥けるのかは、謎。この通販の記事には、「エコルセ」を包皮に塗っている図が示されているが、何故それが“ムキムキマン状態”になるのかが記されておらず不明。商品は軽度用と重度用とがあって、軽度用が9,800円、重度用が16,800円と記されている。
推測するに、塗った箇所の包皮が部分的に接着され、相対的に亀頭が露出する、ということなのかどうか。それがある一定の時間保たれ、時間が経つと接着効果がなくなり、また包皮が戻る、ということか。
いずれにしても、仮にそういう効果があったとして、使い続けてその薬剤の成分がペニスに害がないのか、そもそも接着剤を包皮に塗ること自体、安全とは言えないわけで、こうした商品はただただ、怖いの一言。少なくとも私は信用しないし、買う必要のないものと思っている。当時は、こういった矯正グッズの氾濫(現在も同じだろうが)で逆に「包茎」の不安を煽られ、高い代金を払って矯正グッズを買ってしまった人は、決して少なくないだろう。これが雑誌の広告の怖さなのだ。
「包茎」関連のフェイク・サイトにご用心
近年の「包茎」関連のウェブサイトを閲覧してみると、一部のサイトでは、雑誌の広告よりもさらに文言を強め、「包茎」の不安を煽り、手術を薦めるものがある。例えば、こうした矯正グッズをウェブ上でリストアップして紹介しておき、これらのグッズはほとんどどれも軽度の包茎には一定の矯正効果があるが、皮膚に異常をきたした場合は使用を控え、専門医に相談を、というような文言で十把一絡げに括り、結局はクリニックに相談、すなわちクリニックのサイトへのリンクで閲覧者を誘導させる仕組みとなっていたりする。言わば、矯正グッズがだしに使われ、本当のねらいは「包茎」手術の患者を増やすことなのだ(それがクリニックの利益につながるのかどうか、私は医療制度やその手の経済に詳しくないからここでは言及しない)。
とにかく、「包茎」は「悪」だから「手術」した方がいい、のドグマ。連綿と日本では、こうした広告に晒されてきた。しかし本当に、「包茎」は「悪」なのだろうか。
そうしたサイトの運営会社は、所在も何も不明であったりする。記されている内容が医学的に信憑性があるのかどうか、甚だ疑問である。医師の実名がなかったり、記載されている内容の大本の資料の提示もしくは監修者等の実名がないサイトは、信用に値しない(これは「包茎」サイトに限らず、その他一般のウェブ・サイトも同じ)。そういったフェイク・サイトの閲覧の際は、くれぐれも注意が必要だ。