男に異存はない。包茎の話。

すてきなお産の哲学―ラマーズ法出産ビデオから

2018年7月9日

「ラマーズ法」の“出産ビデオ”を入手

 最近、知り合いの高校生が「出産」について学校で勉強したよ――という話をちらっと聞いて、このビデオテープのことをふと思い出した。『愛と感動の出産【ラマーズ法】』(制作・総発売元エーエスジェイ株式会社)である。
 
 むろん、学校ではこういったビデオを見せたりはしないのではないか。一般には、母親のお腹にいた赤ちゃんが生まれることは、“愛と感動”と言っていいけれど、“出産シーン”はこわくて見られない、という人が少なくない。ちなみに、大修館の『現代高等保健体育』の教科書(平成24年文科省検定済、平成27年発行)では、「妊娠・出産と健康」の項で「受精」「妊娠」「出産」を学び、公的サービスの活用として、妊娠が医師によって確認されたら「妊娠届」を役所に提出し、「母子健康手帳」を受け取るといったことや医療機関の定期検診が無料で受けられる云々の記述がある。また、「家族計画と人工妊娠中絶」の項では、「避妊」「人工妊娠中絶」について学ぶ。確かに学ぶのだが、実際の「出産」の現場のことは、これでは分かるはずがない。
 
 それはそれとして、たとえば市町村のホームページには、「妊娠」「出産」「子育て」に関するページが必ずある。健診のことや相談窓口などの情報が記載されているはずだ。そこからリンクをたどっていくと、たとえば茨城県の場合、「公益社団法人 茨城県看護協会」というサイトがあり、「すこやか妊娠ほっとライン」という電話相談窓口の情報があって、「妊娠」「出産」に関する悩みを聞いてくれる。
 
 さて学生が、「出産」についてもう少し具体的に知りたいとなると、なかなかその機会がないのが現状だ。市町村のホームページのそれらは、あくまで個別の相談に関連した情報である。学生の性教育のための講演という活動は、地域によってまちまちで、こと「出産」に関しては、顕著に少ないと言っていい。
 日本の性教育ははっきり言って欧米と比べて遅れている。劣っている。国内にも無数にある市販の専門書を選択して読むというのは、大人でもしんどいことだ。手に入る資料の一つとして、私は“出産ビデオ”の存在について考えてみたのだが、果たしてこれは学生に見せられるものであるのかどうか、性教育の観点でそういったものを見ることが相応しいかどうか(見せるべきものかどうか)、まず私自身がそれを見て知らなければ、と単純に思ったのだ。
 これはごく個人的なことだけれど、ビデオ『愛と感動の出産【ラマーズ法】』については、長年、その存在を知っていた。ただ、「出産」「ラマーズ法」に関して特に関心がなかったから、知らぬ存ぜぬを決め込んで見たいとは思わなかった。むしろ、“出産ビデオ”のたぐいに関して、私自身はあまりいい印象を持っていなかった。しかし、今回は思い切ってそれを、ネット・オークションにより入手した。これが意外なことに、思わぬ発見があったのである。
 
 私はこの意外な発見を、書かずにはいられなくなってしまった。
 発見の一つは、「三森式ラマーズ法」そのものについてであり、これは誤解を含めて知らなかったことがあまりにも多すぎた。出産準備教室のことやその呼吸法(ヒッヒーフーはわりあい有名)がいかに素晴らしいか、「ラマーズ法」はいいお産の条件の一つなのだ。もう一つの発見は、このビデオに登場する「三森式ラマーズ法」を後世に残した、三森助産院の助産師(当時の呼称は助産婦。古い言い方では産婆)の三森孔子(みもりよしこ)さんのこと。三森さんは1987年に亡くなり、翌年には三森助産院も閉院となっている。
 三森さんは、撮影された当時おそらく、50歳半ばだったと思われるが、著書『産婆さんがすすめる すてきなラマーズ法お産』(文化出版局、絶版)に書かれてあることがたいへん素晴らしく、この本はまったく名著であると思う。この本の「ラマーズ法」の多くの解説を飛び越え、なおかつ彼女の人生哲学、人生訓そのものに私は深く共感し、感動した。学生に“出産ビデオ”を見せるべきかの話はひとまず置いておいて、この2つの発見についてここで取り上げ、お産について考察してみたい。
 

“出産ビデオ”は成人向けビデオの扱いだった?

 「ラマーズ法」のお産について話をする前に、このビデオについて少々補足しておく必要があるだろう。
 まず何より、残念ながら今となっては、このビデオテープはもう市販されていないようだ。私が入手した先のネット・オークションで再度検索をかけても、もはやリストアップされてこない。稀少なアイテムだったのだ。したがって、ずっと待ち続けて偶然個人出品されない限り、このビデオを入手することは困難なようである。これはとても残念なことだ。
 ビデオ『愛と感動の出産【ラマーズ法】』を実際に再生してみて初めて分かったこと。それは、ビデオの内容がたいへん古いということ。おそらく撮影されたのは1983年頃と思われ、当時のビデオ画質のカラー映像であるため、褪色劣化しており、映像はやや不鮮明であった。私自身が所有するS-VHSのビデオデッキ自体も、いつ壊れてもおかしくない古い機器となってしまっているので、今回、ビデオを入手して最初の再生と同時にバックアップをとるべくデジタルコピーし、今後も問題なく映像が見られるよう自前のブルーレイディスクに記録しておいた。
 
 このビデオの制作に関しては、調べても不明な点が多い。「三森式ラマーズ法」で一躍有名になった三森孔子さんと京都大学教授の大島清氏(大脳生理学、生殖生理学)の監修のもと、「ラマーズ法」「出産」に関心を持つターゲット層の一般視聴者のために制作した、というのは分かる。実際の「出産」現場(三森助産院)に立ち合って撮影がおこなわれた、というところまでは理解できるのだが、映像の冒頭では、「制作・著作 株式会社エフ・エム・サプライ」と表記されていた。このことから、エフ・エム・サプライという会社がこの映像の制作元であり、著作権を有していたと思われる。
 ところが、ビデオパッケージの外装を見ると、「制作・総販売元エーエスジェイ株式会社」となっている。エフ・エム・サプライとは記されていない。これはどういうことか。
つまり、こういうことが考えられる。オリジナルの映像はもともとエフ・エム・サプライの著作であったが、その著作及び販売権がエーエスジェイ株式会社に移譲された。少なくとも、いずれかの時期より販売権を引き継いだ業者と思われる。これらの会社の関連性は調べきれず不明である。が、おそらくどちらも“成人向けビデオ”を扱っていた業者ではないかと推測できる。
 
 これはたまたまの一例ですべてがそうとは言えない事案であるが、“出産ビデオ”のたぐいの販売というのは、概ね“成人向けビデオ”を扱っている業者だ、という仮説が成り立つ。とするならば、本来のターゲット層の大半であるべき「出産」に関心のある女性の人達が、これを入手する機会というのは、どれほどであったのだろうか。女性雑誌の広告でこういうの見たことあるわ、というのなら、まだ納得がいくのだが――。
 それにしても、ビデオ『愛と感動の出産【ラマーズ法】』の外装にある写真や紹介文が、ひどくいい加減なのである。劣悪とは言わない。ただし、いい加減である。
 どう見てもフォトショップを使ってレイアウトされたと思われる、新しめの外装インデックスであり、映像の中身とは、まったく異にした安直なものだ。女性と赤ちゃんの写真はすべて別人である。これらは商業写真のたぐいであり、映像にはいっさい登場しない。無関係である。
 コンテンツの映像は先述した通り、1983年頃とたいへん古く、スチル撮影された写真資料が残されていなかった可能性はある。が、中身と外装のインデックスが内容的に異なっているのだから、偽りの広告と言えよう。思うにこの広告の制作担当者は、映像をまったく見ていなかったに違いない。もし中身を知っていたならば、このようなものを作成する気にはならなかったはずである。
 まともに制作された映像コンテンツが、目的を異にした販売ルートで市販化されるのは居たたまれない。この手の“出産ビデオ”は、そうあってはならないのだ。制作元はしっかりと管理していただきたいと願う。ビデオ『愛と感動の出産【ラマーズ法】』で言えば、主役はあくまで、映像ドキュメントに登場する母子と、助産師の三森孔子さんなのだから。
 

三森孔子と「ラマーズ法」

 そうしたこととは裏腹に、中身の映像の、三森孔子さんが解説する「ラマーズ法」とはいったい何かということ、それに連なって実際に「ラマーズ法」「出産」を成し遂げた夫婦(小川浩明さんと洋子さん。そして赤ちゃんの姉となる長女のあやちゃんも登場)の「出産」シーンは、実に温かく和やかなものである。決して「出産」がこわいものでも恐ろしいものでもない。
 
 そういえばこのビデオのパッケージには、1枚の解説書なる小さな紙切れが封入されていた。「お産のすすみ方」と題されており、子宮とからだの変化及び「ラマーズ法」の呼吸法が経過的に記されていた。
 私は最初、この「ラマーズ法」の呼吸法の図の意味がいまいち理解できなかったのだが、三森さんの名著『産婆さんがすすめる すてきなラマーズ法お産』を開けば、これとまったく同じものが掲載されていて合点がいった。この本から複写してあの紙切れが作られたのだ。
 図にあるギザギザの線は、呼吸のリズムを表しており、ギザギザの山に昇るところが息を「吸う」、降ったところが「吐く」。流線の方は陣痛の収縮の波を表している。それを理解すれば、まことに分かり易い「三森式ラマーズ法」の呼吸法の図ということになる。
 
 三森孔子さんは昭和3年(1928年)福島県出身。学生の頃は、生家の向かいの産婆さんの、下働きを手伝っていたという。戦後、郡山の助産婦学校を卒業し、東京・立川の病院に勤務。戦後の立川というと、米兵相手のパンパン(街娼)が有名だが、そうした女性たちの患者の「人工妊娠中絶」の現場に嫌気がさし、昭和31年に独立開業。最初の数年は、ほとんど患者が来なかったという。
 そんな三森さんは、助産婦の仕事があまり好きではなかったらしい。その頃のお産は、「痛い」のと分娩室の「大騒ぎ」が恒例であったと、著書に書いている。
 ところが、ある患者の夫が分娩室に突然入り込んで、「ラマーズ法」の呼吸法をやった。この時のお産に三森さんは感動を覚えた。その患者さんは、アメリカの「ラマーズ法」を取り入れて準備出産教室を開いた、山田美津子さんという人の門下生だったという。
 三森さんは以前雑誌で読んだ「ラマーズ法」の記事(「助産婦雑誌」の関東逓信病院副総婦長だった笠原トキ子さんの記事)を何度も何度も読み返し、勉強し、自分の患者さんで実践してみたのだ。この時初めて三森さんは、自分を“産婆”だと自覚した。おそらくその時に初めて、お産の仕事が好きになったのではないだろうか。そしてこの「ラマーズ法」のいいお産を、もっと広めたいと思ったのだろう。
 
 『大辞林』(三省堂・第三版)で「ラマーズ法」をひいてみると、こうある。

《精神予防性の無痛分娩法の一。呼吸とリラックスの訓練を反復して行うとともに夫が分娩に積極的に立ち会うことで疼痛を和らげるもの。フランスの産科医ラマーズ(F.Lamaze)が開発》

 三森さんの本にも書いてあるのだが、一般的に「ラマーズ法」が“無痛分娩”と解釈されることに、適切ではないと述べている。文字通り“無痛分娩”とは、「痛くないお産」のことで、これは麻酔をかけておこなう分娩を指す。しかし、「ラマーズ法」の分娩はそうではなく、「精神予防性分娩準備」すなわち自然なかたちで痛みを和らげる“減痛分娩”なのだ。
 また、辞書には《夫が分娩に》とあるが、何も夫が必ず立ち会わなければならないものではなく、他の近親者であっても構わない。場合によっては患者一人であっても構わない。ただし、できるだけ患者が精神的にも肉体的にもリラックスできる環境をととのえ、訓練した呼吸法の補助で自然分娩をおこない、出血を最小限に抑える条件というのを考慮すると、やはり患者一人よりも近親者がいた方が数倍心強い。それも分娩準備期間から共に訓練がおこなえる人、となれば、やはり夫の手助けが最も適切ではないのか。
 
 ロシアのシベリアあたりで継承されていた分娩法を1951年、産科医フェルナンド・ラマーズが見、帰国してから改良したとされる「ラマーズ法」。ヨーロッパに広まった「ラマーズ法」はアメリカにも伝わり、“ウーマン・リブ”が流行った頃には、ブームにもなった。
 自然なお産では、「待つ」ことが大事だと三森さんは述べる。「ラマーズ法」の呼吸法を取り入れることによって、自然なお産の流れの中で「待つ」タイミングというのが要所要所ある。それによって痛みを逃すことができる。患者が痛がって我慢できず、早く出そうと息むと、「会陰裂傷」ということにもなる。
 お産は赤ちゃんが主役なのだ、と三森さんは述べる。赤ちゃんが自然に出てこようとする流れに逆らわない。逆らわずに、「待つ」。母親はその出てこようとする赤ちゃんのための脇役であって、産婆はさらにそれ以外の脇役――ただ膣口に手を添え、会陰保護に徹するだけの仕事――なのだともいう。
 
 ここは大事なので何度も書いておくが、「ラマーズ法」を取り入れたお産というのは、決して楽なお産のことでも、無痛のお産のことでもない。けれども、妊娠中に近親者と一緒に体操や呼吸法をあらかじめ勉強することで、お産が怖くなくなり不安が解消され、とてもリラックスした状態でお産に臨むことができる。会陰切除して赤ちゃんを取り出すのではない、自然なお産。結果的には、楽なお産だったわ、ということは言えるのかもしれないが、むしろ別の言い方で表現すれば、「怖くないお産」「気持ちのいいお産」「楽しいお産」なのである。

〈了〉

『愛と感動の出産【ラマーズ法】』ビデオ

アパッチ・インディアンの立ち産風景(ビデオ映像より)

 

助産師の三森孔子さん

「ラマーズ法」の呼吸法を実演する三森さん

小川浩明さん。奥さんの洋子さんの出産に立ち会った

出産シーンは見ている方も不安げにハラハラとしてしまう

まさしく赤ちゃんが生まれ出た瞬間

母子共に無事に出産を終える

ビデオに封入されていた「ラマーズ法」呼吸法の解説書(表面)

「ラマーズ法」呼吸法の解説書(裏面)

三森孔子著『産婆さんがすすめる すてきなラマーズ法お産』(文化出版局)

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