性のはなし、してますか?
Eテレ「ウワサの保護者会」という番組
昔、私が10代だった頃、NHKの教育テレビ(現在のEテレ)では、夏休みの時期になると決まって、性に関する悩み相談の番組があった。私は何故かそれを毎年楽しみにして観ていた。そうした番組では、若者の視聴者からの“便り”を読み上げて悩みの相談を受けていたのだろうか。あるいは直接電話で10代の視聴者と専門家の先生がやりとりしていたのだろうか。あまりよく憶えていない。でも私は、そういった番組が必ず夏休みにやってくることで、ああ夏休みなんだな、若者の性の関心が高まる時期なんだなという、他人事のようにしてその感慨に耽っていたように思う。本当は他人事ではなく、当事者であったのに――。
先月末、NHKのEテレの番組「ウワサの保護者会」(http://www4.nhk.or.jp/hogosya/)で「性のはなし、してますか?」というタイトルの回を観た。――そうか、今でもこうした内容の番組を夏休みの期間にやるのだな、と感心した。「ウワサの保護者会」は今まで観たことがなかったが、毎週土曜日の21時半から、パーソナリティの尾木直樹氏(教育評論家)を中心に、10代の若者を抱える保護者達が教育や子育てについて語り合う25分番組であり、「性のはなし、してますか?」の回は、“小学生編”と“中高生編”とに分けられて放送された(7月21日、28日)。子ども達のこの時期の、“性の解放”的気分は昔も今も変わらない。夏休み期間に取り上げてくれる性の悩み関連のテレビ番組(そのほかラジオでもネット番組でも)は、とても大事だと思う。
「ウワサの保護者会」は、あくまで保護者が主役である。それぞれの家庭で体験した事柄を語り合い、どう対処すればいいのか、どう解決すべきか、その道筋をある程度見定めてくれる、保護者にとってはありがたい番組である。
子ども達の性教育に関しては、保護者が自分の子どもに、どう教えたらいいのか、という切実な悩みがある。学校でもそれなりに教えているのだろうが、果たしてそれだけでいいのだろうか。現に公教育の現場では、「性交」を教えていないし、避妊具のコンドームや経口避妊薬のピルなどの使い方を教えている学校はごく稀である。それなのに実際、子ども達は夏休みになると、めっぽう解放気分になって、パートナー同士の交際が深くなる傾向に。このギャップは計り知れない。親としては非常に心配だ。
しかし、性教育を家庭で…と焦ったところで、実際にどう教えていいのか、何を話せばいいのか分からない。それ以前に親である自分達こそ、性についての確かな知識があるのだろうか。そんな保護者側の悩みに見事に答えてくれたのが、「性の話、してますか?」であった。
小学生編の「赤ちゃんはどこから生まれてくるの?」
小学生編の冒頭では、日本家族計画協会に寄せられた2017年度の「性の相談」件数が、1,505件であったことがまず紹介された。
言うまでもなく、子ども達は、思春期になって自分の体の変化について知りたいと思っている。あるいはその悩みを誰かに打ち明けたいと思っている。相談したいいちばんの相手は友達である。だが必ずしも友達が答えてくれるとは限らない。そうした相談ができる信頼の厚い友達がいるかどうかさえ不安だ。
学校側の性教育も地域によってまちまちであり、差がある。性教育そのものに消極的な学校では、子ども達の切実な悩みにまで行き届いていないこともあって、子ども達が自分の性のトラブルを解決できないままやり過ごしてしまうケースも多々ある。
大人である保護者は、本来、子ども達にとって最も信頼の厚いアドバイザーでなければならないのだが、こと性の話になると、とたんに恥ずかしい、分からないといって大人の方でなおざりにすることがままある。しかしどう考えても、自分の子どもに性について語れない保護者は、信頼関係の上で大きなマイナスだと思う。できれば、たじろぐことなく子ども達の悩みに答えてあげたい。性については、親と子が語り合うことがいちばん大切なのだ。
小学生の子どもが時に投げかける、「赤ちゃんはどこから生まれてくるの?」という質問に対し、保護者はどう答えるべきか――というお題が、番組の中で取り上げられていた。戸惑ったあげく、無難というかほとんど逃げの姿勢で「コウノトリが運んでくるんだよ」と答える親もいれば、むしろ積極的に生々しく、あれやこれやと露骨に話してしまう親もいる。番組に登場していた保護者の人達も、この手の素朴かつ直球なる質問が、いちばんどう答えていいのか苦労した様子がうかがえた。
どうやらこの手の質問の答え方については、コツがあるようだ。医師で数々の性教育本の著作がある北村邦夫氏によると、まず子どもが何を知りたがっているか、何を求めているのかを理解することが先決で、逆に子どもにいろいろ質問してみるのがいいという(ピンポンゲーム的会話術)。子どもが知りたがっていること以上に親が説明過多になって答えるのも、かえって子どもの心を傷つけ、嫌悪感を抱いてしまうことがあるという。その子どもの年齢や性格に応じて、求めている本質は何かをまず理解し、小学生の高学年であれば、「性交」についてそれなりに具体的に説明してもかまわないのではないだろうか。ただしそれでも、訊かれていないことまで説明する必要はない、と北村氏は言う。
“プライベート・ゾーン”と「生理」のことを子どもに教える
それとは別にして、子どもにはぜひ知っておいてもらわなければならないこともある。これは必ず保護者が教えなければならないことだ。
それは、人の体の、“プライベート・ゾーン”と呼ばれる部分のこと。自分の“プライベート・ゾーン”は、他人に見せてはいけない、人前で触ってはいけないことを教える。もちろん他の人に“プライベート・ゾーン”を触らせてはいけないし、他人の“プライベート・ゾーン”を触れることもダメ。もし相手が触ろうとしたら、はっきりと「触っちゃダメ」と注意すること。
ところでその、“プライベート・ゾーン”とは、体のどこの部分を指すのか、という定義については、北村氏が抜群の解説をしてくれた。ずばり、“水着”で隠れる部分のこと。これなら子どもにどこが“プライベート・ゾーン”なのか、躊躇せずに教えられるだろう。
それから、保護者が子どもに直接教えなければならないのは、「生理」のこと。男女とも、親は子どもの成長を見計らって、「生理」(男子は精通、女子は初経)がやってくる頃には、その対処法をアドバイスしてあげたい。
「生理」用品のことを教えたり、一緒にそれを買い揃えたりすることも、母親と女の子の子どものあいだでは大事。それができないケースの、片親しかいない家庭(父親と娘、母親と息子とか)では、異性の子どもへの「生理」に対する配慮が、どうしても疎かになりがちだ。そうした片親の保護者の場合は、自分の友人・知人などからも話を聞いたりして、子どもが安心して初めての「生理」を迎えられるようにしたい。保護者は子どものために、確かな性の知識を前もって学んでおくことが大事であり、既存の各相談窓口も積極的に利用するといいだろう(このホームページのLINKSも参考に)。
高校生の「性交経験率」が高いことに驚く保護者達
さて、中高生編。
高校生の「性交経験率」の調査結果に危機感を抱くスタジオ内の保護者達。日本性教育協会調べによると、2017年の高校生の「性交経験率」は、男子が13.6%、女子が19.3%だという。これは5人に1人の割合で「性交」を経験していることになる。高校生の性行動の実態に関しては、番組独自の調べによると、男女とも半数以上が「キス」を経験し、4割以上がパートナー同士で「添い寝」をしている、そうだ。
高校生くらいになると、男女とも、高まる「性」の関心と同じくらいに、「恋愛」への好奇心が高まり、クラスメートの誰が誰と付き合っているかとか、誰が誰と既に経験したか、といった話題で夢中になる。たとえば女子は、“彼氏と付き合いたい”と思う気持ちが強くなるのに対して、男子はもう少し直接的な欲求が高まって、彼女と「性交」したい、と盛んに思う頃でもある。だから、女子が望まない「性交」を、男子が強要してしまう、というトラブルが絶えない。いずれにせよ男女とも、高校生くらいになると、「恋愛」の経験値を友達同士で競うむきがあって、お互い性の知識が伴わないまま、相手の心身を傷つけてしまう(性病の問題や、とくに女子では人工妊娠中絶という事態になる)ことも起こってくる。
保護者としては、小中学生の頃とはケタ違いに、自分の子どもを守らなければならない難易度が、めっぽう高くなることを自覚する。現実問題として、性体験は高校生の頃に活発となり、より適切なアドバイスが必要となってくる。
しかし、だからといって、「性交」は絶対ダメ、恋愛も高校生のうちは禁止! などと頭ごなしに言って子ども達のプライベートな領域に踏み込み、性行動を保護者が抑制することは、必ずしも適切とは言えないだろう。むしろ親子としての信頼関係を損ねるおそれがある。子どもは自分が信用されていないことに傷ついてしまうからだ。
そもそも何故「性交」は高校生ではダメなのか、高校生の恋愛は禁止なのか、保護者である大人達は、その理由をきちんと説明できるのか、と言いたい。そうした安易な恋愛はダメなんだよという気持ちを子どもに伝えたい一方で、自分が高校生の時にしてきた恋愛は、果たしてそうではなかったのだろうか。
こう考えるべきだ。
子どものプライベートな事柄の領域に保護者が土足で踏み込むことは、たとえ親子関係であっても人権侵害であり、絶対にやってはいけないこと。ただし事前に、何か困ったことがあったら親に相談してね、と子どもに伝えておくことで、子どもが抱える悩みを親子で共有することは可能だろう。保護者は自分が同じ若い頃にしてきたことで子どもに胸を張れず、性について何も言えない、伝えられないと考えるのは誤りであり、子どもからSOSがあったら、保護者はいちばん信頼できる関係になるべきなのである。
この“中高生編”に出演していたNPO法人ピルコンの代表、染矢明日香さんは、常々、自身の性教育の講演などで率直に学生や保護者らと向き合い、性の知識を伝える活動をしている。恋人同士であっても嫌なことは強要しない、はっきり「やめて」と断っていい、といったことや、「避妊」の仕方の正しい知識など、切実に必要な性の知識を大人から子どもに伝えることは、とても大事なことである。
保護者は威張るのではなく、子どもの目線で向き合って
保護者としては、行き過ぎたパートナー同士の交際を禁止したい気持ちはどこかにあっても、若いうちにしか感受できないような、恋愛の純粋な経験を真っ向から否定することは、なかなかできないはずだ。むしろそうした恋愛経験こそ、子ども達の人間形成に必要なのだから。小学生には思春期の体の変化や成長のこと、中高生には男女の性的関心や欲求には度合いのずれがあることを伝え、相手の心と体を思いやる気持ちが必要だと教えたい。そして大人も子どもも、しっかりとした性の知識を持って、「避妊」の仕方や「性病」、「LGBT」のことなどどについて学び、対処したい。
数々の性教育本の著作で知られる村瀬幸浩氏は、番組の中でこう語っていた。「性交」を善悪で考えるのではなく、「幸・不幸」で考えるべきだと。これはまさに目から鱗が落ちるような言葉だ。
そもそも保護者や学校といった教える側の大人達が、「性交」をことさらタブー視し、善悪の観念でとらえているから、子ども達になかなかそれを教えたがらない。しかし、若い子ども達同士であっても、人を好きになることは善悪の問題ではない。自分が自分のために「幸せ」を求める自然な気持ちの表れだ。
ただし、一方的な(利己的な)「幸福」の追求の立場から「性交」を求めることは、自己の快楽論の欲求達成にしか過ぎず、場合によっては相手を「不幸」にしてしまうことがある。恋愛とは、互いの精神が成長し合って利己的な快楽から脱却し、相互の「幸福」を求める行為活動である。「性交」はその上で成り立つ。まさにそれを学ぶのが性教育の本意であって、子どもも大人も同時に学ばなければならないことなのだ。お互いの「愛する心」をどう育むのか、個人は? 社会は?――それが本来の生きることの意味なのである。
これまで私は、このホームページを通じて、公教育現場における性教育が、日本では非常に立ち後れている、疎かになっているという点を挙げてきたつもりだ。家庭で子ども達にどう性を教えるべきか、親が子どもとどう向き合い、どのような時に性を語ればいいのか、といった一般家庭の実態があまりよく分からないでいたのも確かだ。
しかし、「ウワサの保護者会」の「性のはなし、してますか?」では、たとえば小学生の保護者らが出演し、性について子どもにどう教えているのか、のリアルな話を聞くことができた。家庭によって――もっと愚直に言えば、保護者であるその人の観念と性的体験の総合的な判断と思考によって――性に対する価値観の度合いがまるで違い、子どもとの接し方には、大きな差があることが頷けた。
保護者の側も子ども時分に、親があまり積極的に性について語ってくれなかったことで、性は恥ずかしいことと思い込んだまま大人になり、自分の子どもにはなかなか正面から教えることができない、という人もいれば、逆に子どもに生々しく教えすぎて、子どもの方が嫌悪感を抱き拒否反応を示す場合もあったりして、それぞれのケースの振り幅が大きいのも分かった。
総じて、保護者が自分の子どもに性を伝えるのは、なかなか難しいことだ――ある意味、親という立場をいったん捨て、友達同士の目線で向き合った方がいい。これが番組を観た私の雑感、印象。少なくとも日本の性教育の現状では、保護者も教えなければ学校でもあまり教えてくれない、であるならば結局、インターネットで自分で興味あることを調べるという選択肢しかないようにさえ思えてくる。ただしそこで本当にネットの情報が正しいかどうか、子どもらが独自に客観的に判断するのは難しく、それはあまりにも酷と言えよう。
番組に出演していた保護者らの中には、性教育が苦手という立場の人もいたことはいたが、どちらかというとむしろ進歩的な肯定派であって、おそらく実際の家庭では、もっと頑なな態度で「子どもに性交を教える必要はない」と性教育の革新を真っ向から拒む・否定する保護者の下、うずくまって立ち往生している子ども達が多くいるのではないか、ということを想像してしまう。うずくまっているうちはまだいいが、そのうち身勝手に行動を起こし、何の知識もなく独善的な性交渉によってお互いの悲劇が生じる姿も目に浮かぶ。
ここはどうか一つ、保護者の皆さん。自分のガチガチな頭をもっと柔らかくしてみて、子ども達の今の、そして将来の「幸せ」のために、健全な「人を愛する心」を家庭で育み、思春期になって体の変化に悩む子どもらと真摯に向き合って、その悩みを優しく聞いてあげ、いっしょになって考えてあげて下さい。