昭和の安産の心得
異性の性に関心を持とう
一人、二人と、どういうわけか今年に入ってたちまち、知り合いの20代30代の女性が次々とおめでた。懐妊。出産準備休暇ということで長期休暇に入った。職場を去る直前、お腹が少しぽこっと大きくなった姿を見て、こちらも気分が柔らかくなっていった。懐妊とは、まことにめでたいことである。その他の人達にも気分が伝播して、それぞれの息子娘や孫の写真を見せ合って、子どもの話で盛り上がったりもした。そういう人との付き合いで、とてもいい時間を過ごしている。
当たり前のことだが、女性は子どもを産む。妊娠して出産する。当サイト[男に異存はない。性の話。]は、特に若い男子のネット・ビジターに向けて書いてきたが、性教育を通じて女性の心と体を理解することは大事なことだと思う。したがって、一般の新聞や雑誌などで、特に女性のために書かれた性のことや出産、女性に多い病気、又は性病に関する記述や情報を、男子もこまめに積極的に読むということを奨めたい。お互いの性を理解する上で、異性の性に常日頃から関心を持つことは、自分自身の「生き方」の幸福論にもつながることだと、私は考える。
個人的な経験で一つの参考例を挙げておくけれど、高校時代、〈どう考えてもこいつ、ゲームばっかりやっていて恋愛とか結婚とか、そういう男女の家庭生活とは無縁のオトナになるんじゃないか?〉と思っていた、きわめてちんちくりんで硬派だった友人は、その後立派に、ごく普通の家庭生活を築いて子どもをもうけた。なんてことはない。それが人というもの。学生時代にちんちくりんだろうが硬派だろうが、大人になるにつれて何かしら変化するのだ。環境が変わり、気持ちも変わる。しごく自然なこと。私の予想は稚拙で大外れであった。
だからどんな男子でも若いうちから日頃、結婚のことや嫁さんになるだろう人の妊娠のこととか、その後子どもが生まれてどんな家庭生活になるんだろう、というようなことを、かなり具体的にこまかく夢想してもいいのではないか。好きなように。できればそれを、ノートに書き留めておくのがいい。ある種、そういうブレインストーミングを、友達とまじえて面白可笑しくやるべきかも知れない。
ただし、アニメの世界ではないのだから、生物学的に生理学的に正しい知識で性をとらえ、お金の現実的なことに関しても、ある程度しっかりとした想像でもって、自分の将来の家庭生活を思考するのが望ましい。未来を想像することは、今の自分の「生き方」のリライズ&リセットにもつながるはずである。
昭和の雑誌の付録「安産の心得」
そうそう、今回は妊娠と出産の話であった。ネットオークションから、珍品と思われるレアなアイテムを発見したので紹介したい。
それは、昭和7年(1932年)に発刊された雑誌『主婦之友』(主婦之友社)2月号付録の、「妊娠から出産までの 安産の心得」。いわゆる妊娠と出産の手引き本である。屏風のように折り畳みられた全78ページ(裏表合わせて)の小冊子で、大きさは縦19センチ、横10.5センチと小さめ。まあなんとか携帯できるサイズである。この大きさだと、妊婦さんが枕元に置いておくのに都合がいいだろう。
見開くと1ページ目は明治メリーミルクの広告(哺乳瓶を片手に抱えた、かわいい赤ちゃんのイラスト)となっているが、その左側が目次である。これが実にこまかい、というか几帳面な記述。「妊娠一ヶ月の心得」から始まり、「妊娠二ヶ月の心得」…と続いて十ヶ月まで。ここまでにおいては、それぞれ8から11の小見出しの要旨がある。
たとえば「妊娠一ヶ月の心得」の要旨を列挙すると、
①母体に現れる変化、②受胎卵の発育、③妊娠の順序、④受胎卵が胎児となるまで、⑤胎児の発育、⑥排卵の行われる時期、⑦月経周期と排卵、⑧妊娠する日せぬ日、⑨男女児を自由に妊娠する法、⑩妊娠と誤り易い病気、⑪胎教について
などとなっていて、この調子で多色刷りのイラストや図解で全78ページあるのだ。妊娠十ヶ月の後は、「出産の心得」の14項目、最後は「産後の心得」で17項目ある。
まず最初の「妊娠一ヶ月の心得」の項目の中の、「男女児を自由に妊娠する法」が興味深い。《一、夫婦の一方の体質、健康状態によつて、胎児の性別が左右される》と明記。《妻の方が夫より強健である場合は、女性が優勢となり、女児が生れる》。《二、絶えず男女が欲しいとか、女児が欲しいとかいふ観念を、維持すること。乃ち、朝起きてから夜寝むまで、何事をするにも、その欲する男児なり女児なりを腹の中で考へるやうにして、それに精神を集中するやうにする》。
次の文章がまたすこぶる興味深い。《三、夫は肉食を主として精力を旺盛にし、妻は菜食を主とすると、精力の旺盛な夫と同性の男児が生れる》。《四、男児を受胎し易い月と、女児を受胎し易い月があるから、それを考慮に入れること。一月二月三月は、男児を受胎し易いやうである》。こういった記述から当時の男尊女卑の通念が読み取れるが、軍国主義だった配下で、やはり女子よりも男子を優遇し産めよ、という意志にならざるを得なかった社会であった。《五、雑念を払つて、受胎時は目的のために努力すること》。《六、受胎時日に因つて、男女性別が決定するといふ説》。ちなみに、この小冊子の監修者なる専門医の実名はどこにも記されていないのである。
しかしながらこの小冊子は、本当にこまかいことまで書かれている。「妊娠九ヶ月の心得」では、「早産の予防と手当」といった項目や「乳房の手当」といった項目まである。《七ヶ月くらゐから、ときどきアルコールで乳房を拭いておけば、皮膚も丈夫になり、創を防ぐので、産後乳房炎等にかからない。乳房の皮膚が弱いと、糜爛や擦過傷等ができ易く、その創から黴菌が入り、乳房炎などを起すのである》。《短い乳首や凹んでゐる乳首は産後授乳に差し支へるから、妊娠中から、ときどき指で引張り出しておくこと》。
「赤坊の衣類の準備」では、美しいイラストで赤ちゃん用の季節ごとの衣類が記されていたり、寝具なども。「出産の心得」の全14項目のページともなると、俄然、緊張感が伝わってくるような記述が増える。「分娩の始まる徴候」、「陣痛と腹圧(努責)」、「子宮口が開くまで」、「お産の経過」、「分娩前の注意」、「産婦の覚悟」、「早期破水の原因」、「骨盤端位分娩時の障害」、「陣痛微弱の原因」、「陣痛を強める法」、「陣痛の過激な場合」、「分娩中の異常出血」、「産婆の間に合はぬ時の注意」。
今となっては、これらの記述の医学的根拠あるいは実際的出産方法の是非はあるにしても、昭和初期の出産にかかわるあらゆる情報が網羅している点で、この付録小冊子は貴重な歴史的資料である。出産時の、部屋の支度品がことこまかなイラストになっているのを見ても分かるように、美しく、実に分かりやすい。まさに“安産の手引き”として大いに役立ったことだろう。
やや横道に逸れたことで恐縮だけれど、この小冊子一冊があれば、映像作家ならば、当時の暮らしの中で妊婦の生活から出産までを、ディテールある短篇映画に仕立て上げることが可能なはずだ。それだけの情報が詰まっているのである。
素敵なお産をしようという心持ちは、今も昔も変わらない。若い男子も、女性における出産という人生の大切な局面について、関心を持っていただけることを切に願う。