奈良林祥の『性についての方法』―包茎と自慰の話
ワニの本の“ナラバヤシ”はチョー有名だった
おそらくそれは、高校を卒業した直近の頃だったと思う。90年代に入ってからのこと。その頃の本屋さんでは、KKベストセラーズ出版の“ワニの本”のデマンドというのはもうピークを過ぎていたかどうか。“ワニの本”いわゆる“ワニ・ブックス”シリーズは、かの時代に一世を風靡したサブ・カルチャー本であり、その中でも特に“フォト・エロチカ・シリーズ”は人気を博していた。この“ワニの本”から出ていた、医学博士・奈良林祥(ならばやしやすし)氏の『HOW TO SEX 性についての方法』(昭和46年初版)は知る人ぞ知る250万部の大ベストセラー本であった。
今回はこの本の中から、「包茎」と「自慰」についての正しい知識の話をしようと思っているのだが、もう少し私のエピソードに触れておきたい。
ワニ本の“フォト・エロチカ・シリーズ”は、(80年代だった)子供の頃から本屋さんでよく見かけていたけれど、〈それはオトナが買う本だ〉ということで、自分で手に取ることはなかった。奈良林氏の『HOW TO SEX 性についての方法』の存在も、そうした中で特に思春期の中学生の頃には非常に興味があったけれど、当然ながらそれを買うことは憚れた。そしていよいよ、高校を卒業したという機会に、ある種の自主規制が解け、勇気をふるってその本を買ってしまったわけである。かなり勇気をふるって――。ただし実際に、私がその時買ったのは、同じ奈良林氏著の『新HOW TO SEX 性についての方法』だった。
奈良林氏の顔と略歴は、本の裏にある。《大正8年、東京生まれ。東京医大卒。医学博士。初め産婦人科学を専攻のちに公衆衛生に転ずる。昭和36年から主婦会館生活相談室長を務め、結婚カウンセラー業に専念…》。小学生の頃、サラブレッド・ブックスから出ていた『恐怖の心霊写真集』の著者である心霊研究家・中岡俊哉氏とならんで、SEX本の“ナラバヤシ”の名はけっこうませた友人との間で飛び交い、有名であった。
今ここで紹介しようとしているのは、旧版の『HOW TO SEX 性についての方法』の方である。この本は“ワニの本”のフォト・エロチカ路線の牽引役でもあり、女性のヌード写真があちらこちらに挿入されていて文字通りエロティックで際どい。そもそもこのエロの際どさが売りだったわけだが、私がこの本の新版を買った目的というのも、すなわちこのヌード写真が見たかったから――と断言してしまっても構わない。
ただし、『HOW TO SEX 性についての方法』をあらためて読み返してみると、そんな際どいヌード写真よりも、遥かにテクストの方が有用であることに気づかされる。奈良林氏が書いた内容が、いかに真摯であり、愚直であり、正当であったかということを思い知らされるのだ。
あの当時もっとしっかりとそれを読むべきであった――ということで後悔する。目次を見ていただけると、ある程度内容が想像できるかと思われる(※question 1からquestion 9、さらにこの後も続いてquestion 24まである。後半では射精についての疑問、体位についての解説、膣の美容体操、失敗しない避妊法などがある)。
奈良林氏はこの本のあとがきで、似たようなことを書いている。
《つい、写真の楽しさにつられて、“見る本”だとカンちがいしてしまう向きもあるかも知れないが、文字の部分は、かなり本格的な内容であり、まず、これだけ読んでもらえれば、ほとんどの性の問題をしっかりとした科学的視点に立って理解することができるものと、私は自信をもって申し上げられる。大いに活用してくださることを願ってやまない》。
ナラバヤシ流「包茎」の正しい知識
さて、ここからは「包茎」と「自慰」のページに着目して、その正しい知識を紹介したい。まずは「包茎」について。question 4の「包茎と早漏=包茎に悩む前にこれだけは…」が「包茎」に関する解説となっている。
この章のサブタイトルにある、“包茎は男の恥か?”というのがキーワード。前文に、ある青年の悩み事が記されていて、それに答える形の文章となっている。――悩みは早漏(そうろう)。はじめてセックスを体験したけれど、あっという間に終わってしまった。彼女にあんた早漏なのね、と言われた。「包茎」が原因ではないかと考えた。自分のペニスが「包茎」なのかどうか自信がない。亀頭が出ていなくて皮が被っている。「包茎」手術を受けて、早漏でなくなれば、彼女にあんなことを言われなくて済むのではないか――という悩み相談。
奈良林氏は冒頭で、「包茎」は早漏の原因にはならないとまず裁断。早漏はあくまで心の問題と説く。ペニスの皮が原因、というような単純なことではないとも。「包茎」を手術して治すのはかまわないが、それで早漏が治ると思っちゃ困る、といった調子。
実際に「性交」に支障をきたすような「包茎」というのは、“完全包茎”だけだ、と奈良林先生の話は続く。ちなみに今ではこれを、「真性包茎」と呼ぶ。《指を用いて包皮を後退させて亀頭を露出させようとしても、包皮の先端の包皮輪が固くて、どうしても亀頭の露出が不可能な場合》。こういう「包茎」(=「真性包茎」)は、専門医に診てもらうこと。手術の必要があるだろう。
このページの図で示す、“不完全包茎”とは、「仮性包茎」のことで、手術の必要はない。《暇をみては、包皮を後退させて亀頭を露出させた状態にしておく癖をつけ、オナニーをする場合でも、亀頭を露出させたまま行なう、というようにしていれば、いつか、自然に包皮は後退したままになる》。いずれにせよ、「包茎」の手術をしたからといって、早漏が治ると思い込んでいるのは、ナラバヤシ流の表現では、《骨董品的誤った固定観念》ということになる。
自慰はしなけりゃいけないの
次のquestion 5が、「自慰のやり方=楽しい性生活のためにまず訓練」である。
これも同様、男性の悩み事相談の回答、という形式になっている。――30歳の男性。婚約した女性がいる。今日まで、「自慰」を一度もしたことがない。若い頃は夢精があったから、また「自慰」はあまりいいことだとは考えていなかったから。ところが、「自慰」をしないと結婚生活に悪い影響があると知り、「自慰」をやってみたが、うまくできなかった。射精が起きないし、快感もなかった。先生、「自慰」の正しいやり方を具体的に教えてください――。
「自慰」にじょうずへたなんかあるもんか、と奈良林先生。されど先生は、この男性のために詳しく「自慰」のやり方を説く。これを読んでいる若い男子、必読。この解説が実に分かりやすいのだ。
《ペニスを軽く握って、握った手を前後に動かしペニスを摩擦すれば、それが刺激になって勃起が強まり、尿道口から無色透明のカウパー氏腺からの分泌液がまず露の玉になってにじみ出て、あとはあっという間に精液がほと走り出る。その場合、手でペニスを摩擦するのではなく、包皮を握った手で前後させ、包皮でペニスの亀頭、とりわけ亀頭の根本の一番開いているところ、亀頭冠といわれる部分を軽く摩擦してやるのである。手で直接ペニスを握るのではなく、柔らかいフランネルのようなものでペニスを包むようにして、そのうえから握ってもいい。そうすれば、精液がフランネルのきれの中に射精されるから、シーツその他を汚さずにすむ》。
また、こうも付け加えている。《寝床の中でなら、布団や毛布の一部を手の代わりとして、ホット・ドッグにおけるソーセージとパンのように、布団や毛布でペニスをはさむようにしてもよろしい。ただし、ペニスむき出しであると、そのあたりが精液で濡れてあとで黄色いしみができて始末がわるいと思うご仁は、コンドームを使えば汚さずにすむし、それなりの臨場感も味わえよう》。
ここで大事なのは、ペニスの刺激の方法はどうであれ、「性的な連想」をすることだと説く。自分の犯したい女性を空想し、犯しているつもりで「自慰」に励むべきと。
然るに、空想=「性的な連想」をともなわない「自慰」は、建設的でないばかりか、性欲をナルシシズムという幼児的な性欲に固着させてしまう結果となる、と先生は言う。空想をともなわない、ペニスをいじるだけの「自慰」は、結婚してもセックスができない男になったりする、とも。まして、「自慰」を一度もしないできた男性が「性交」をしても、射精が起きない、射精不能の男に成り果てると。《ブルペンでなにもウォーミング・アップをしないで、いきなり二死満塁のマウンドに上がるんでは、いくら名投手といえどもまともなピッチングができるわけがない》。まったくいい表現である。夢精ではなく、あくまで自分の意思によって射精を起こす訓練をしろ、ということが大事なのである。