子から大人へ―性的自立を高めることの意味
子から大人への「自立」とはなにか
北沢杏子著『実践レポート ひらかれた性教育』(アーニ出版、全5巻)を読んで、性教育とは一体何だろうかと考えたとき、その第1巻目で記されていた、「性を介して教えられることは、『理解と協調』である」というような意味の言葉に尽きると思った。このことについて詳しくは、こちらのページを読んでいただきたい。性教育を通じて子どもたちが「理解と協調」を学んでいくとするならば、もう一つ重要なのは、「自立」についてであろう。
『ひらかれた性教育5』の「性的自立を考える」の項では、「自立」について触れられている。北沢氏は「自立」をこう定義している。《「自立」の基本は、自分の衣食住は自分でまかなうということ》――。端的で分かりやすい。『大辞林』で「自立」をひくと、《他の助けや支配なしに自分一人の力だけで物事を行うこと。ひとりだち。独立》とある。先述した「理解と協調」の理念をねじ曲げて解釈すれば、個人の「他力主義」に陥る危険があり、いま世界の情勢はそれに片足を突っ込んでいる状態とも思えるが、自己の「自立」なくして相互の「理解と協調」はあり得ない、というのが私の持論である。
今でこそ「男女同権」は当たり前のこと、という風潮が浸透しつつあるけれど、かつての時代、男女の社会的経済的格差は深刻な問題であった(もちろん今でもこの問題は山積しており、達成への及第点に足りるか足りないか程度にしかすぎない)。したがって北沢氏は、子から大人への「自立」を訴えるとき、特に女性学の見地で“女性も自立せよ”ということを声高に叫んでいたように思われる。しかし、今の時代は少し違い、男女共に、経済格差が深刻な社会現象問題となっており、それが危うい「他力主義」(=強い権力に牽引されることになんの疑いもなく抵抗感がないこと。例えば妻が夫に絶対服従するといった家庭構造)に陥りがちだということなのだ。だからこそ、「自立」(自立性)を考えることはとても重要なのである。
4つの「自立」について
北沢氏はその著書の中で、4つの「自立」を定義していた。「経済的自立」、「精神的自立」、「生活的自立」、そして「性的自立」である。
私はこれを、分かりやすくプレゼン用の図(①)にしてみたのだった。ところが、自分で作成してみて、この図に、たいへん違和感を覚えた。何故なら、子どもが心とからだの成長期を経て、やがて大人(成人)へと「自立」していく過程において、成長期で認識し始める「性的自立」(性的自立性)こそ、他の3つの「自立」を促す基礎的な「自立性」となるのではないかと気づいたからだ。
そこで、図を作成し直し、2枚目(②)のような構造に置き換えてみたのだった。この②のように、自己の「性的自立」が、他の3つの「自立」をしっかりと支え、かつ根本的な要素となっていることに気づくだろう。そして以下に書き出してみた個々の「自立性」が、「理解と協調」の理念によっても支えられていることに、気づかれるはずだ。
▼「経済的自立」を支える「性的自立」とは?
「男女同権」あるいは「LGBT」などの性的少数者を阻む古い体質然とした社会的勢力がそこにあるならば、それに対して構造的な改善を促すことを示唆し、その経済的不利益によって自己の「経済的自立」が損なうことがないように留意すること。
▼「精神的自立」を支える「性的自立」とは?
まさに成長期における不安定な要因――自己肯定感を損ないかねない性別と社会的性差との違和関係の問題をしっかりと理解し、性は多様であることを認識すること。また、そのことがそれ以外の精神的自我を高めていく発露となることを認識すること。
▼「生活的自立」を支える「性的自立」とは?
男だから外で働き、女だから家事をやって子育てをしなければならないといった旧時代の価値観を改め、男も家事をやり、子育てに協力するということが大事であり、その意識を高めていくこと。また、「男らしく」「女らしく」という古い言葉が、これを助長していることから、これに置き換えて「自分らしく」という言葉を用い、男女の性差によって生活の意欲が損なうことがないようにすること。
3つの「自立」の基礎となる「性的自立」とは?
こうして述べていくと、おのずと、「性的自立」とはいったい何か? が見えてくると思う。子どもたちにまず教えなければならないのは、「生命の誕生」についてである。自分はどうやって生まれてきたか? すなわち、男女の「性交」(=受精)によって起こり、女性の腟から赤ちゃんが生まれてくることを教えなければならない。
成長期においては、ホルモンの分泌と働きによって、からだと心が少しずつ変化していき、女子は「月経」が始まり、男子は「射精」という生理現象が起こってくる。このような自分の身に起きる現象をしっかりと認識し、「性交」が可能になるからだになっていくことを理解する。そしてこれらには個人差があって、成長の度合いは人によってまったく違うことを理解すること。それから女子は、毎朝基礎体温を計測し、月経の周期を自分で把握しておくことも、「性的自立」を高めることにつながる。ぜひ習慣づけておきたいことだ。
女子の子宮での「排卵」と「月経」、男子の「射精」、男女の「性交」(=受精)、「妊娠」と「出産」については、男女共、真剣に学ぶ必要のある項目である。
さらに「避妊」の仕方と「性感染症」について学ぶことは、「性的自立」を高める必須要項である。北沢氏は本の中で《人間の知恵としての避妊、尊敬しあう人間関係としての避妊が大切》と説く。女性が主体的におこなえる「避妊」方法――例えば低用量ピル(経口避妊薬)を用いた処方であったり、男子の場合は避妊具であるコンドームの使い方を確実にマスターする必要がある(未使用のコンドームは財布に保管するなということも含めて)。避妊具の使い方を知らないから(使ったことがないから)「避妊」はしない――というセックスの選択肢などあり得ないことをしっかりと理解したい。
「妊娠」と「出産」においては、特に女性のからだと心の負担が大きい。男女共、「妊娠」と「出産」について学ぶことは大前提であるが、やはり「理解と協調」の理念で、「女性が妊娠・出産する」のではなく、「男女(両方の親)が一緒になって妊娠・出産する」のだ――という高い意識を持つことが大事である。これらが成長期から成人にいたるあいだの「性的自立」(性的自立性)であると、私は考える。
これは今後、繰り返し述べることにもなるが、性教育とは、「性的自立」の心を持たせること、それを自覚すること、それを生涯高めていくことが目的である。こうした性を介した基礎的な「自立」(自立性)の信条と精神が、世の中すべての問題の「理解と協調」となることを私は信じて已まない。敢えて言うなれば、戦争がなぜ起こるかと問うたとき、「理解と協調」が欠けているからであり、その根本原因はまさに「性的自立」(性的自立性)の欠如なのであって、男女の格差や差別、様々な人権侵害、国家や民族間の人種差別といった「未成熟な心」が根深くあるからに他ならない。したがって、「性的自立」を子どものうちにしっかりと学ぶことが、これらの解決の糸口になると、誰もが理解できる話なのである。