の話。
寝た子を起こせ。これは一生に関わる大事なことなんだから。

【コロナ情報】妊娠後期の感染は重症化する?

2020年10月29日

 
 性の知識は近代以降、たいへんよく研究され、こまかな部分ではその都度アップデートされてきた。私の知る限りにおいて、特に60年代後半から70年代かけては、女性の権利の擁護(フェミニズム)が大いに叫ばれ、いっそう正しい性の知識が盛んに流布または啓蒙されてきた。誤解を恐れずに言うと、ある概念上に包摂された性の知識というものは、近代以降、まったく変わることのない不変の知識として、社会的な男女の在り方の問題、家庭における性生活の問題、子ども達においては性教育(包括的なセクシュアリティ教育)という形で正しいがじゅうぶんに語られてきた。これは頼りにできる、信頼できる知識(性科学的分野)として考えてもらっていい。
 
 ところが、COVID-19(新型コロナウイルス)のパンデミックは、まったく未知なるものとして、あるいは新たな脅威として、それまでの性の正しい知識に抗い、人々を混乱させている。COVID-19は人体にどう影響を及ぼすのか、とりわけ妊婦にどう影響を与えるのかといったことの研究は、まだ始まったばかりなのである。ついこの前まで問題ないとされてきたことがアップデートされ、切実な問題点として浮上することも、COVID-19に関しては度々起こる――と心に留めておいた方が良さそうだ。

妊娠後期の感染はリスクが高い?

 2020年10月25日付朝日新聞朝刊の記事「妊娠後期の感染 重症化の傾向」という見出しは衝撃的だ。何と言っても今年の4月以降、厚労省「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策~妊婦の方々へ~」という妊婦さん向けのリーフレット(https://www.mhlw.go.jp/content/11925000/000630988.pdf)を配布し、その中で、
《感染が妊娠に与える影響 現時点では、妊娠後期に新型コロナウイルスに感染したとしても、経過や重症度は妊娠していない方と変わらないとされています。胎児のウイルス感染症例が海外で報告されていますが、胎児の異常や死産、流産を起こしやすいという報告はありません。したがって、妊娠中でも過度な心配はいりません》

(厚労省「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策~妊婦の方々へ~」リーフレットより引用)

 
 としていたのだから――。
 ところが今年の9月、公益社団法人・日本産婦人科医会「『新型コロナウイルス感染症(COVID-19)についての実態調査』の結果について」を公表し、本調査からの提言(https://www.jaog.or.jp/wp/wp-content/uploads/2020/09/study202009_summary.pdf)の中で、《妊娠後期の妊婦は重症化しやすく、感染予防に特に気を配る必要がある。症状のある妊婦に確実に速やかに PCR検査が実施できる体制の整備が必要である》と記している。これはいったいどういったことなのか。
 
 調査結果の概要を読むと、今年1月から6月までの6ヵ月間、全国の分娩を取り扱う医療機関から報告を受けた妊婦数は30万5千722人で、そのうち感染者(陽性妊産婦)の数は72人で、有病率は0.02%であった。この72人のうち、何らかの症状があった人は58人で、そのうちの7割の人に発熱があったという。症状があった人の17%に酸素投与、2%に人工呼吸器が必要であった。酸素投与を必要とした有症状の妊婦のうち、妊娠後半・産褥期の人が39%妊娠初期・中期の人が8%と、比較しても妊娠後期の妊婦の方が、重症化しやすいことが分かる。

2020年10月25日付朝日新聞朝刊より「妊娠後期の感染 重症化の傾向」

 
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 妊婦はせきや呼吸器症状が多い?

 海外でも同じような傾向が見られ、アメリカの疾病対策センター(CDC)の調査報告による統計が、新聞記事に掲載されていた。ただしこの報告のデータは欠落部分が多くあって、CDCがそれを認めていることにも触れている。現時点での統計では、まだ重症化のリスクが過小評価されているようだ。
 
 英医学誌ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(BMJ)が発表した論文でも、妊婦の方がリスクが高いとのことで、妊婦とそうでない人との比較では、妊婦の方が、せきや呼吸困難が出る割合や、集中治療室に入る人の割合が高いというのである。こちらの論文もまた、現時点においては、症状の定義が異なって比較されている例もあり、調査精度の限界が指摘されている。
 
 これらを総合すると、必ずしも妊婦後期で症状が重症化するということではなく、「重症化しやすい」ということのようであるが、国際的に見ても、まだどれも確実な報告とはなっていない。冒頭でも述べたように、COVID-19と人体に関わる影響の研究は、まだ始まったばかりであり、現時点において一つの情報を短絡的に受け止めるべきではない。
 いずれにせよ、COVID-19の場合は、個々の適切な感染予防対策(マスク、手洗い、ソーシャル・ディスタンシングなど)が何よりも大切であり、それをやらなくていい理由はどこにもない。
 そしてこれは、私からの提言であるけれど、やはり基本的に正しい性の知識を身につけておくということが、性生活と家族計画を支える上で重要である。COVID-19に限らず、その他の性感染症を予防する観点からも、近代以降に培ってきた性の知識の蓄積を信頼し、それを学ぶことは、大人であっても子どもであっても大事なのである。

〈了〉