の話。
寝た子を起こせ。これは一生に関わる大事なことなんだから。

昭和30年代の包茎治療広告

2021年5月25日

 
 先般、澁谷知美(東経大全学共通教育センター准教授、東大教育学博士)著『日本の包茎 男の体の200年史』(筑摩書房)が刊行され、たいへん話題を呼んでいる。タイトルが単刀直入で実に素晴らしく、“日本の――”というのが、この本の内容を示唆する重要な鍵になっているのだけれど、大雑把にこの本の中身を解説すると、日本人の男性は古くから包茎についての嘘の情報や迷信を信用し、無駄に悩んできた社会史的謎を解く――ということになるだろうか。
 この本の中で述べられている包茎のことというのは、ほとんどそれは、いわゆる「仮性包茎」のことである。この用語に、嘘の情報や迷信のたぐいの大半が詰め込まれてきたと言っても過言ではない。この嘘の情報を長年にわたって世間に撒き散らしてきたのが、包茎治療広告である。特に男性向けの週刊誌などでよく掲載されてきた包茎治療広告が、偽りの情報を広める大きな装置となって、「仮性包茎」が治療の必要な包茎であると信じ込ませ、日本人の男性の内面に、壮大にして不毛な性の悩みを培養してきたわけである。
 包茎治療広告の歴史は意外なほど古い。ここでは、私が独自に入手した、昭和30年代の週刊誌に掲載されていた包茎治療広告にスポットを当てて取り上げてみたい。

雑誌『週刊実話読物』の中の包茎治療広告

 私が今回入手したのは、昭和38年1月に株式会社日本社が隔週月曜日に発行していた雑誌『週刊実話読物』の1月7日特大号である。当時の定価は50円。表紙のモデルは筑波久子さん。雑誌の内容は、おおむね一般人のスキャンダルを扱ったゴシップ誌であり、表紙に掲げられた見出しを読んだだけでも、どういった雑誌なのかは想像できるだろう。
 
 この号に掲載されていた包茎治療に係わる広告を全部で5点発見できた。そのほとんどは整形外科もしくは診療所の広告である。そのうち1点のみ、美容器具関連の商品を販売する会社であった。ちなみにこの雑誌では、包茎治療以外の広告としては、淋病治療の広告が2点あった。
 
 「―男性の診療室―逞しい青春のシンボル」という見出しの銀座東一診療所の広告。《中年以降の方は勿論、若い人たちがいろいろの性機能障碍を率直に相談するようになりました。これは現代は身心の休まる暇もない悪条件が重なり、一方では自己流の誤った診断や治療をして放置している事が多いためです。原因を確かめ夫々に適切な治療が肝要です》。この広告の中に、「包茎手術」という項目がある。
《早漏、発育不全や疾病の予防。手術は簡単で過剰の皮フを無痛裡に約十五分位で除去します。いつでもできます》
 ほかにも短小整形男子不妊術などの項目もあるが、これらの最後に、《いずれの手術も通院の必要はなく、手術料は約六千円位です》とある。通院しなくていいというのは、逆に考えるとおそろしい話で、手術後の検診が一切ないのだとすれば、治療の経過は関知しないということだから、適切な効果があったかどうかは患者の自己判断に任されるということになってしまう。
 
 「夫婦の幸せをつくる医学」「医学トピック 男性を逞しくする医学」という見出しが付けられているのは、横浜整形外科の広告。この野方重任院長「特殊整形法」の創始者だそうである。《…ペニス本来の機能を強めるには、むしろ亀頭を増大してこそ価値がある。私はこの技術を何とか実現させようと研究してきたが、ようやくその完成を見出した》
 これは包皮切除の手術ではなく、亀頭に注射薬を打って増大させるという整形法らしい。自分のペニス性器細小だと思い込んでいる男性が、亀頭増大の整形法があると聞けば、包茎性器細小の両方が解決できるのではないかと思い込むのも無理はない。《因みにこの特殊整形は“中年の不適合”にも利用されて、性感倍増に役立っているということである》。これはすなわち、大きいペニスは女性が喜ぶ…セックスで快楽が得られるという迷信をつくりだした似非科学の誇大広告であり、欲望の幻想にすぎない。

包茎は百害あって一利なし?

 「包茎は百害あって一利なし」と謳っているのはニュー新橋整形・男性医学研究所の広告である。そこには“男性の医学常識”と掲げられ、包茎は陰茎癌になり易いか? という問いに答える内容となっている。
 ユダヤ人は宗教上の儀式で割礼を行うから陰茎癌がほとんどなく、割礼をしないヒンズー教は癌発生がはるかに多いと記す。陰茎癌は慢性炎症が関係して、包皮内に蓄積された恥垢に癌原作用があるためだ、としている。また、包茎は亀頭を絶えず圧迫するので、発育を害して亀頭の抵抗が弱く、早漏の原因になると記す。《完全、不完全包茎を問わず手術治療するのが一番良い》
 
 そもそも仮性包茎は治療の必要な包茎(真性包茎)ではない――という、この時代においても正当な“医学常識”を意図的に差し引いて隠しているところに、こうした似非科学的誇大広告のロジックがある。
 実際には、陰茎がんの発生頻度は10万人に0.2人とかなり低く、悪性腫瘍の中でもかなり稀ながんだという。そのほとんどは高齢者だ。日本人の7割の男性が仮性包茎であり、世界各国の統計でもほとんど同じように仮性包茎の人は多く、多いのはまったく当たり前で、これも正常な陰茎の形状だからである。したがって、仮性包茎の人の比率は昔も今もほぼ変わりない(因みに、残り3割平常時でも亀頭が露出している人で、包茎(真性包茎)の人はごくごく少数である)。
 にもかかわらず、陰茎がんの発生頻度がこれほど低いのは、どういうことか。つまり、陰茎がんの発症原因は、包茎とは関係なく、多くは性感染症によるものとされている。また、喫煙者のがんの発症リスクが高いのは、陰茎がんの場合も同じである。これらのことから、ごくごく稀な包茎(真性包茎)以外の仮性包茎の人が、陰茎がんの予防のために包皮切除をする根拠はまったくなく、むしろこうした無用な包茎手術こそ、“百害あって一利なし”なのである。

医療という名の美容整形

 なぜ日本では、包茎(真性包茎)仮性包茎が混同されて流布されてきたか、そもそも仮性包茎という用語はどういう成り立ちで発生したのかについては、澁谷知美著の『日本の包茎 男の体の200年史』に詳しく記されてある。澁谷氏によると、戦前期以前の医学界には、真性包茎とか仮性包茎という用語はなかったとし、1930年代後半から仮性包茎という用語が定着した――ということだ。
 
 こうした事柄に関しては、別の稿であらためてこの著書を取り上げ、ピックアップしたいと思うが、この本の第2章「包茎手術の商品化」「性器整形ブーム」の項では、先の野方重任院長亀頭整形法について若干記述がある。つまり、軍医だった彼が、1950年代初め頃から美容整形医に転身したのだという。戦後の女性美容整形のブームにとどまらず、男性の下半身にまつわる劣等感から同様にして美容整形ブームが起こり、それに便乗したということであろう。端的に澁谷氏はこう述べている。
《これらの広告において包茎手術は、排尿困難などの改善や性病予防を目的としていないのは明らかである。そうではなく、性器の見た目のコンプレックスを改善したり、セックス時の持続力を伸ばしたりといった、対応しなかったからといって命や健康に別状はないことが目的とされていた》

(渋谷知美著『日本の包茎 男の体の200年史』第2章「包茎手術の商品化」より引用)

 
 しかし、受け止める側の男性読者は、そうした商法戦略に対して客観的にはなれない。包茎手術の広告に記された専門家である医師の解説に半ば翻弄され、自分の仮性包茎包茎(真性包茎)と誤解し、私の性器も手術をしなければ治らない…自分の包茎は男として恥なのだ――というような喪失感を抱かせ、結果的には男性心理を突いた美容整形ブームを形成してきたことになる。そう、タネを明かせば単なる性器整形=美容整形なのであって、根本的に包茎の治療とはかけ離れたものとなってしまった。仮性包茎の男性が主にそのカラクリのターゲットとされてきたのである。

〈了〉 

昭和38年1月発行の『週刊実話読物』1月7日特大号

銀座東一診療所の包茎手術広告

横浜整形外科・野方重任院長の特殊整形法広告

ニュー新橋整形・男性医学研究所の包茎治療広告

上野美容整形研究所の広告

療養の友社の美容健康器具販売広告

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