内密出産―子は女性が産むから生まれるのか
身元を明かさずに出産を望んだ妊婦が「匿名のまま出産できるしくみ」を導入していた、熊本県熊本市の医療法人 聖粒会慈恵病院で、初の「内密出産」がおこなわれた旨の記事が、2022年1月5日付朝日新聞朝刊に掲載された。記事の見出しは、「熊本の慈恵病院 匿名希望し出産 初の『内密出産』事例か」。
慈恵病院が「匿名妊婦」の受け入れを表明したのは、2019年11月のことである。妊娠22週未満におこなわれなければならない「人工妊娠中絶」の時期を超えた妊婦が、身元を明かして出産することを忌避し、やむを得ず自宅などで「孤立出産」する事例が後を絶たない。こうした母子の命にかかわる危険な「孤立出産」をふせぐ手立てとして導入を踏み切ったというのが、そもそもの理由だ。同病院では、平成19年に「こうのとりのゆりかご」の運営を開始。「特別養子縁組斡旋事業」をおこなっているが、「匿名のまま出産できるしくみ」を導入することで、危険な「孤立出産」をふせぎ、赤ちゃんの命を救うのがねらいであった(当サイト「いのちをつなぐ架け橋―『内密出産』についての新聞記事」参照)。
病院にのみ身元を明かして出産
病院では、昨年の11月に妊娠9ヵ月の女性からメールで相談があったという。妊娠を知られれば母親に縁を切られる、パートナーからの暴力も恐れていたということで、匿名での出産を望んだ。女性は12月に来院して赤ちゃんを出産し、退院した。
出産後に病院は女性を説得し、その結果、病院の新生児相談室長にだけ身元を明かした。健康保険証及び卒業した高校の顔写真入り学生証のコピーを受け取り、金庫に保管。子どもの特別養子縁組を望む書類も作成したとのこと。当面は赤ちゃんを病院が預かるが、身元を明かして出生届を出す可能性もあるため、病院では女性との話し合いのやりとりを続けるという。
子は女性が産むから生まれるのか
残念ながら、国レベルでのこうした「孤立出産」や「内密出産」に係る、包括的な制度設計の議論は進んでいない。何らかの事情によって女性が「人工妊娠中絶」ができなかった場合を想定した、あらゆる意味での妊婦の保護を規定した法整備がなされていないということである。
「身元を明かして出産する」ことが、到底その人にとって耐え忍び得ない事由がある場合に、特例としての「内密出産」あるいは「匿名出産」という手段を利用する際の公的な取り決めとルールがあれば、慈恵病院以外でもこうした事例を受け入れられるはずだが、一般社会の認知もさることながら、「生まれる子」に重きをおき、「産む女性の保護」という観点の欠落的な要因が、なかなか法整備への道筋が定まらない原因ではなかろうか。
やむなく病院に駆け込まなければならないのは、常に女性の側である。こうした事例で男性の存在が全く見えてこないのが問題なのであって、責任を女性に押しつけたまま、性交渉の相手であった男性は、いったいどこに雲隠れしているのであろう。
生物学的に言って、子は女性が産むから生まれる。しかし実態として、子は女性だけで産むことはできない。女性の性だけで子は生まれないのだ。この「内密出産」の悲劇は、子の親として名乗り出ることもできない「匿名」の男性の問題として大きい。このことを広く認知し、「産む女性の保護」を包摂した法整備の議論を、ぜひとも積極的に推し進めてもらいたいものである。