梅毒はほっとくな
梅毒の感染者が軒並み増えているというニュースを昨今聞く。統計を調べてみると、その傾向が顕著に分かる。厚生労働省の梅毒感染者報告数や国立感染症研究所(NIID)のグラフを見ると、小康状態を保っていた梅毒感染者報告数は2010年頃から増加し、国立感染症研究所の報告書(IDWR)によれば、2018年には7,000例近く感染者が報告され、その後減少に転じたものの、2021年頃から再び増加傾向が見られるという。
ちなみに、俯瞰して大まかな年代で見ていくと、国内の梅毒の感染者報告数の推移は、1948年(昭和24年)以前は約22万人にのぼっていた。その後大幅に減少。1967年には増加して1万2千人ほど。その後減少したが1987年頃に再び増加して4千人弱。2010年以降の近年の増加は、それを上回る勢いである。
近年の増加傾向について、地域別で見ていくと、東京と大阪が最も多く、次いで埼玉、神奈川、愛知、兵庫、福岡など。年齢別では、男性は20~50代、女性は20~30代が増加しているという報告もある。感染経路は、おおむね異性間の性交渉の増加と見られている。
梅毒の「今」と「昔」
2022年7月20日付朝日新聞夕刊の「オトナの保健室」で「猛威振るう梅毒 今と昔」という記事が掲載された。梅毒の「今」を伝えているのは、東京のKARADA内科クリニックの渋谷院院長・感染症専門医の田中雅之さん。その内容を箇条書きにしてみる。
○今でも連日のように梅毒の患者さんが病院を訪れている
○コロナの影響で受診を控えた人が治療しないで他人にうつしていることが増加の一因
○梅毒は基本的に性行為(セックス、オーラスセックス、アナルセックス)で感染するが、コンドームの効果も100%ではない
○感染後10~90日の初期に、陰部など感染した部分にできものやただれができる
○40~160日の中期に全身に発疹。無症状の人もいる
○治療しないでいると、数年から数十年後に潜伏していた菌が心臓や血管、神経に影響を及ぼすことがある
○今年、注射による薬の投与が認められ、一度病院に足を運ぶだけで治療が終えられるようになった
梅毒の「昔」を伝えているのは、『近世感染症の生活史』(吉川弘文館)の著者で奈良女子大教授の鈴木則子さん。その内容を以下、箇条書きにしてみた。
○大阪で発掘調査作業を進めている、江戸~明治初期の共同墓地では、発見された1700体を超える人骨の半数以上に梅毒の病変があった
○江戸時代は巨大な買春社会であり、都市を中心に梅毒の流行が広がっていた
○江戸時代は有効な治療法がなかったため、場合によっては死にいたる病気だった
○17世紀以降の儒学思想(中国の孔子を祖とする政治・道徳の学問で、仁と礼を根本概念とする思想のこと)の影響で、梅毒であることを恥じて隠す傾向があった
○女性はとくに恥じて、治療が遅れたりすることがあった
○遊女は、梅毒になっても客を取って売春させられた
○梅毒になった遊女は、公娼の場から私娼の場へ転売され、下級遊女となった
○1943年にペニシリン(Penicillin)の治療が成功し、1990年代のエイズ禍の衝撃で性感染症への警戒感が高まったことで梅毒は「過去の病気」ととらえられた
○近年、再び梅毒の急増がみられる
梅毒について知っておこう
私個人が梅毒と聞いて思い出すのは、1949年(昭和24年)に公開された、黒澤明監督の映画『静かなる決闘』(主演は三船敏郎、三條美紀、志村喬)である。
戦中、外地の野戦病院で手術を施していた際、ちょっとしたミスで梅毒に感染してしまった主人公の軍医の青年は、戦後に父親の病院で働くが、婚約者との結婚をあきらめ、一方的に破談に。何が理由か知らない婚約者はあきらめきれず、破談の撤回を求めるが、頑固な青年はそれを拒み続けた。やがて、自分に梅毒の菌を移した元兵士が偶然現れ、青年はその元兵士に梅毒であるから自分の病院で治療をするように告げる。妊娠していた奥さんも病院に訪れるが、治療既に時遅く、不幸な出産という結末に…。
この映画はまさに梅毒が大流行していた時代に反映して、梅毒の怖ろしさを伝えている。
梅毒に関する知識を、河野美代子著『新版 SEX & our BODY 10代の性とからだの常識』(NHK出版)から以下、簡単に説明しておく。ちなみに、性行為(セックス、オーラスセックス、アナルセックス)によってうつる病気を性感染症といい、STD(Sexually Transmitted Diseases)という。梅毒のほか、淋病、トリコモナス腟炎、尖圭コンジローマ、性器ヘルペス、クラミジア感染症などが挙げられる。むろん、エイズも性感染症の一つである。
梅毒の病原体は、梅毒スピロヘータといい、潜伏期間は3~4週間ほどである。症状は、性器や足のつけ根にしこりができ、3ヵ月後に体中に赤斑ができる。症状が出ないこともある。
検査は血液検査をおこなう。治療方法は、陽性反応が出た場合に、抗生物質の内服または注射での投与となる。
梅毒はもとより、梅毒にかかわらず性感染症(STD)できわめて重要なことは、以下の2点だ。
○性感染症は自分で治せない。性器等に異変を感じたら、男性は泌尿器科、女性は産婦人科に相談をすること。
○治療は性行為をしたパートナーも受けることが大事。
つまり、性感染症という観点では、「不特定多数の性行為」が最もリスクが高く、移される可能性と移す可能性が高くなるということ。「性行為(セックス、オーラスセックス、アナルセックス)をしないこと」が性感染症を防ぐ最大の防御策ではある。
性行為(セックス、オーラスセックス、アナルセックス)をする際には、コンドームを着用することが、欠かせない最善の予防方法であることを忘れずに。