緊急避妊薬はどうなるの?
妊娠を望んでいないセックス(性交)で避妊に失敗した時は、緊急避妊という方法がある。緊急避妊薬(レボノルゲストレルを有効成分とした「ノルレボ錠」など)がその一つである。アフターピルとか、モーニングアフターピルとも呼ばれている。
あるアンケート調査で、緊急避妊を必要とした理由で最も多かったのは、「コンドーム装着の失敗」で8割近く。次いで「膣外射精」で4割近く。「避妊をしなかったから」と答えたのが3割。このアンケートの回答者の女性の3割が、実際に緊急避妊薬を服用した経験があるという(「女性が自分の意思で避妊法を選ぶということ」参照)。
緊急避妊薬は、排卵を遅らせる効能がある。性交後72時間以内であればおおむね8割の確率で避妊できる(※ただし日本産婦人科学会の指針によれば、49~72時間以内に服用した場合の妊娠阻止率は、58%に低下する)。
スウェーデンのユースクリニックでは、緊急避妊薬は無料で配布されている。ところが日本では、緊急避妊薬は薬局では販売していない。医療機関で医師の診察を受けた上、薬が処方される。これをなんとか日本でも、処方箋なしで薬局販売できないか――と期待され、厚労省で長いあいだ議論がなされている。だが、なかなか慎重論が根強く、進展していない。
避妊の知識がないことや性暴力
補足になるが、先のアンケートの回答で、圧倒的多数で「コンドーム装着の失敗」が挙げられている。コンドームの正しい装着の仕方を、ほとんど学校で習っていない現状がある。同様にして、妊娠を望んでいないにもかかわらず、「膣外射精」で避妊をしたつもりになっていたり、そもそも「避妊をしなかった」というのは、暴挙に近い行為だ。
日本の性教育は立ち後れている。立ち後れすぎてしまっている――。むしろセクシュアリティ教育としての性やジェンダーや人権といったテーマは教育現場で受け入れやすく、教材としても扱いやすい。しかし、そうしたテーマにばかり力を入れすぎてしまって、性交や妊娠、出産についての学びの質量が薄まってきてはいないだろうか。
妊娠を回避する方法として、避妊法というのがある。この避妊の知識が十分ではなく、女性の経口避妊薬(低用量ピル)の利用があまり浸透していない側面もあり、コンドームに頼りがちだ。
その装着の仕方がまずければ、避妊に失敗し、緊急避妊に駆け込むということになる。コンドームは性感染症を防ぐことができるので、避妊には絶対必須だが、もしこれと低用量ピルを併用(男女が相互に避妊)しさえしていれば、かなり避妊の成功率は高くなるのだ。
むろん、同意のないセックス(性交)や性暴力といった理由で避妊できなかったケースは、この限りではない。
薬局で緊急避妊薬を
避妊に失敗し、いざ緊急避妊薬を――と望んでも、医師の診察がなければダメ、というのがネックで、心情的につらいという側面がある。また、医療機関が休みだとか、夜間に診察が受けられないということもあるだろう。
さらには、医師にセックスのことや避妊の是非について根掘り葉掘り訊かれるのではないかという嫌悪感や恐怖感、不安もあるだろう。実際にはそんなことはなく、親切丁寧で優しい医師がほとんどなのだが、もし緊急避妊薬が町の薬局で販売してくれていたら――もっと早期に服用することができ、避妊を高い確率で阻止できるのではないか、と思うかもしれない。
2022年8月12日付朝日新聞朝刊に、「緊急避妊薬進まぬ議論」「処方箋不要の薬局販売 医師から慎重論」という見出しの記事が掲載された。厚生労働省の専門家会議で、今夏中に課題点がまとめられ、個別の専門家会議で報告されるはずであったが、残念ながらそんな日程には至らなかった。
国内における緊急避妊薬の薬局販売の是非については、4月中に厚労省の専門家会議で一定の結論を出し、パブリックコメントを始める予定だったものの、委員の意見が割れて議論継続となり、この先の見通しが立っていない。
2017年にも議論されている。しかし、日本産婦人科医会の慎重論で紛糾し見送られ、ようやく2020年末の「男女共同参画基本計画」に検討事案として盛り込まれ、決断は今か今かと待ち望まれている。
薬局販売の問題点
医会が懸念しているのは、薬局販売で購入者が適切に薬を扱えるのかということ。産婦人科医の5千人を対象としたアンケートで、9割近くの医師が懸念を示したという。薬転売のリスク、コンドームの使用率が下がり性感染症のリスクが上がるのではないか、緊急避妊薬の効果を過信しないか、緊急避妊薬を飲んで妊娠を阻止できたと思い込み、実際には妊娠していた場合の対応が遅れるのではないか、といった問題点が挙げられている。
薬局販売で緊急避妊薬を飲むことができると、性暴力の被害者が医療機関に相談せず、加害者の特定が難しくなるということも問題提起されている。
新聞の記事によると、海外では90の国や地域で、薬局で処方箋なしで薬を買うことができるという。その際、薬剤師の説明を受ける必要があるとしているのは英国やドイツ。ドイツでは、薬局の個室などを使ってプライバシーを配慮し、薬剤師に対する教育プログラムも用意されている。また、性暴力だった場合のケアとして、産婦人科医への受診を勧めたり、電話による相談窓口を案内したりするという。
包括的な性教育の整備を
例えばオランダの中等教育を対象とした性教育プログラムのカリキュラムには、「生殖、家庭づくりと避妊」という枠組みがあり、その中で「安全でないセックスの後にできること(モーニングアフターピル)」という項目がある(橋本紀子・池谷壽夫・田代美江子編著『教科書にみる世界の性教育』かもがわ出版)。
親しい人と暮らす家族計画の中に生殖(妊娠)の選択があり、避妊の選択肢があることは当たり前のことで、モーニングアフターピルという避妊の最終手段について触れ、思春期の子ども達にその方法を教えておくことは、家族計画のためというよりも、むしろ自分自身のからだと健康を守るための手段としてごくごく当然である。
しかし、日本の中学校の性教育では、生殖(妊娠)における「性交」について触れることができないでいる。このため、避妊について教えることも、また性感染症を教えることも説明が不足気味となって、不備だらけの不本意な学習内容となってしまうことがある。これらは学校現場の裁量に任されてしまっているからだ(いわゆる「はどめ規定」)。
こうした日本の性教育の現状の中で、緊急避妊薬の薬局販売の是か非かを決められない状況というのもまた、なんとなく理解できてしまうのが悲しい。個人のプライバシーを守った上で、薬の説明だけではなく、避妊に失敗した理由が「よからぬ性暴力」だった場合の対処案なり施策が抜本的に必要であり、その整備の規模も決して小さいものにはならないだろう。
あちらをたてればこちらがたたず、ということが、日本の性教育のまずさの結果から、透けて見えてきてしまっている。
緊急避妊薬を薬局販売できれば、これに越したことはない。むろん、そこをとりあえず目指すべきである。
もっと大きな意味で、スウェーデンのユースクリニックのように、公的機関に近い形で、若者が性やセックスに関する疑問、予期しない妊娠をした時や性感染症についてもっと平易に相談できる専門医の窓口が日本にも広くあったりすれば、立ち後れた教育を補うことができ、自分を守ることの知恵と行動について、今より格段に進歩するだろう。必ずしも薬局販売でなくとも、そうした医師に相談すれば済む話なのだから。
鍵を掛けたままの議論が、多すぎるのである。迅速に鍵をこじ開け、多面的な推進力と機動力が必要なのが、日本の遅れた包括的セクシュアリティ教育の特徴であり、問題点である。一箇所をこじ開けることができたとしても、何の意味もないのだ。なにより人権を重視し、迅速に多面的にやるべきことを進展させるべきである。