絵本でおうち性教育
先月の17日付朝日新聞朝刊に、「『おうち性教育』どうすれば」という記事が掲載された(執筆者は佐藤瑞季)。小見出しには、「子に聞かれたら『怒らず・隠さず』」。三重県の東員町では1月中旬、性教育講師・中谷奈央子さんによる「おうち性教育」講座が開かれ、親子15組が参加したという。子どもが性器をさわっていてやめさせたいとか、赤ちゃんはどうやってできるか子どもに聞かれた親の、戸惑う問答があったようだ。
武蔵大学の林雄亮教授(社会学)らのグループが昨年の8月におこなったネット調査(全国の21歳から50歳の母親を対象)によると、2歳から15歳の第1子に対し、家庭で教えたことがある「おうち性教育」の内容で割合が高かったのは、「プライベートパーツを大切にすること」と「月経」であり、「射精」や「性交(セックス)」、「避妊の方法」などは圧倒的に少なかった。「射精」や「性交(セックス)」、「避妊の方法」は夫に教えてほしいと答えた母親が半数近くあって、7割近い母親が、子どもの性に関する相談相手は夫を選んでいるという。こうした背景に対し、林教授は、親の世代が十分な性教育を受けていないことがある、とみている。
「おうち性教育」は大事だと思うけれど…
「おうち性教育」に関する親の苦悩は絶えない。
子どもに「赤ちゃんはどこから生まれるの?」と聞かれたり、自分の性器をいじったりする子に対し、どう声をかけるべきか――。また、いったいいつから性教育を始めればよいのか。自分たちこそ、性の知識が乏しく、十分とは言えない――などなど。例えば、シングルファーザー(男性のひとり親)の家庭で、女の子に生理のことを教える自信が全くない――というのも、「おうち性教育」が悩ましい課題であることを物語っている。
そもそも、近代以降の日本人は、性教育の大切さをじゅうぶんに考えてこなかった(日本は島国で、ヨーロッパ諸国のように民族の多様性の中で社会全般を俯瞰して見つめ直す機会がなかったのかもしれない)。いつしか性はタブー視され、純潔教育がおこなわれ、性に関してはフタをし、ほとんど何も教えられてこなかった世代もあった。
家庭と学校の両輪で子ども達に性について教えることは、なんとなく大事だということは分かっているのだけれど、何が大事かの要諦となる知識の体系が、いまもって理解されていないのだ。
子どもが大人になっていくうえで必要な、「4つの自立」というのがある。①「精神的自立」、②「経済的自立」、③「生活的自立」、そして④「性的自立」。このうちの「性的自立」は、他の3つの自立を支える、根幹にあるものだと私は考えている(「子から大人へ―性的自立を高めることの意味」参照)。家庭と学校の両輪で学ぶべき事柄の全ては、これら「4つの自立」の達成を目的としていることをまず踏まえておかなければならない。
そうした観点で、子ども達の自己肯定感と自他の人間愛、そして豊かな社会性(=「4つの自立」)を育み、性暴力からも自分を守るべく、幼い頃のうちに性についての正しい知識を学んでおくことは、とても大事なのである。
実を言うと、「おうち性教育」は、言語(口語)を通じた親と子のコミュニケーションの出発点でもあるのだ。親は性に関する知識に自信がなくても大丈夫。なぜなら、一緒に(子どもの頃を想い出しながら)学んでいけばいいのだから。「おうち性教育」には相応しい絵本がある。
幼少期の子どもに読み聞かせたい絵本は、ピーター・メイル著/谷川俊太郎訳『ぼく どこからきたの?』(河出書房新社)と『あっ! そうなんだ! 性と生』(エイゼル研究所)。この2冊については、既に「赤ちゃんはどこから生まれてくるの?」で紹介しているので、そちらをご参照いただきたい。子どもがもう少し大きくなって、小学校の中学年から中学生に読んでもらいたいのが、大月書店の『性の絵本』(全5冊)である。
セクシュアリティ教育を網羅した『性の絵本』
山本直英、高柳美知子、安達倭雅子編著/木原千春・画の絵本『性の絵本』(大月書店・1992年初版、全5冊)は、まさに今日的な性教育である「包括的なセクシュアリティ教育」を網羅し、性に関するあらゆる知識について踏み込んでいる。
第1冊目の「生きるってどういうこと?」では、生まれる、育つ、学ぶ、ふくらむ、なやむ、おとなの女になる、おとなの男になる、自立する、愛する、ふれあう、ともにくらす、産む、たたかう、別れる、老いる――といったトピックからも分かるように、ヒトの一生で最も大事な秩序である社会生活と性にかかわることを大局的に解説し、その自由と義務と宿命の状態について、おおまかに子どもに学んでもらうのがねらいである。ちなみに2冊目は、「子どもからおとなへ生きる」、3冊目は「女と男 ともに生きる」、4冊目は「なぜ、こんなことして生きているの?」、5冊目は「生きていくから聞きたいこと」となっている。
1冊目の「生きるってどういうこと?」をもう少し説明する。生まれる、育つ、学ぶというトピックでは、小学校中学年くらいの子どもが読むならば、自分がまさにこれまで経験してきたことをふりかえって、生まれて育って学ぶということは、大人への準備なのだなということが理解できると思うし、ふくらむでは、女の子の胸がふくらんでくることにあやかって、将来への夢や希望もちょうどふくらんでくる時期であり、なおかつふくらむということは、悩みも増えてくることでもある、と言及している。
性徴期にからだが変化していくこともはっきりとイラストで示し、おとなの女になっていくこと、おとなの男になっていくことを示す。子どもにとって、自立の第一歩は、大人(親)のお手伝いをすること。そうしてだんだんと自分も、心とからだが大人の仲間入りしていくことを自覚するのだ。人を愛すること、思いやること、共にくらすということ。中学生がこの絵本を読めば、自分がこれからどこへ向いて生きていけばいいのかの分かりやすいアドバイスとなるはずだ。
そうして読んでいくうちに、性とは、自分にとって切っても切れないものであることが分かり、また恥ずかしいとかエッチとか、エロいものとかというものではなく、むしろ生きていく支えとなるものであることに気づくだろう。時にそれはいじめであったり、性暴力であったり、性病、結婚、出産、離婚、同性愛などといった人生のいろいろな局面やセクシュアリティについてもふれられることだろう。
むろんこれらの解決へ向かう道筋(見通し)といったものは、当然ながら示されているけれど、子どもたちの自立心を育むうえで、「性の自立」なくしてその他の自立はあり得ないのだ。性教育で肝心なことは、性差別の意識をいかに払拭するかである。これは、『実践レポート ひらかれた性教育』(アーニ出版)の著者で知られる、北沢杏子さんがその著書の中で切実に主張していたテーマなのだ。
『性の絵本』のような絵本を書棚に置いておき、もし子どもが何かしら性に関心を示すようになった時、絵本を開いてそれを読み聞かせながら、一緒になって性について学ぶ。そういうひとときを工夫すること。それが、「おうち性教育」の理想的な姿ではないだろうか。